青木[アオキ] 名字 苗字 家系 家紋 ルーツ 由来

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天智、天武天皇の皇子皇女の系譜

天智天皇、天武天皇の皇子皇女の系譜

皇族賜姓青木氏5家5流24氏の始祖と成り、初代の伊勢青木氏の発祥の環境史料にも成る。

その始祖となる天智天皇、天武天皇の皇子皇女の血縁一族を次に示す。

この系譜から、多くの史実が読み取れる。特に、当時の「大化改新」の模様の一つが読み取れる。
又、この系譜から日本書紀を始めとして多くの資料と付き合わせることで、その当時のドラマが見えてくる。
その意味で、この史料を単独に提供する。(研究室レポート中にも記述)


A 中大兄皇子(天智天皇)の子孫

系譜元     妻 娘    子供      順       備考
石川麻呂大臣ー遠智娘 ー大日皇女  1  蘇我氏分家 石川麻呂は大化改新で中臣鎌足の説得を受けて味方となる。 
石川麻呂大臣ー遠智娘 ー宇野皇女  2 
石川麻呂大臣ー遠智娘 ー建皇子    3  8歳で死亡
             
石川麻呂大臣ー芽淳娘 ー太田皇女  4
石川麻呂大臣ー芽淳娘 ー沙羅皇女  5

石川麻呂大臣ー姪娘  ー御名部皇女 6
石川麻呂大臣ー姪娘  ー阿倍皇女   7
                                         
阿倍倉悌麻呂ー橘娘  ー飛鳥皇女   8  阿倍麻呂は中大兄皇子の補佐役を演じる。阿多倍の裔の阿倍氏                                        
阿倍倉悌麻呂ー橘娘  ー新田部皇女 9  天武天皇の皇后になる。
             
蘇我赤兄  ー常陸娘 ー山辺皇女   10  中大兄皇子に味方、政敵の有間皇子を熊野古道の藤白で暗殺
                                          
地方豪族  ー後宮女官ー 男 2     11  地方豪族の娘 人質奴隷の妥女(女官)4階級の妻外
地方豪族  ー後宮女官           12
地方豪族  ー後宮女官ー 女 2     13                 
地方豪族  ー後宮女官           14                         

忍海造小竜 ー色夫古娘ー大江皇女  15  地方豪族の娘 人質奴隷の妥女(女官)4階級の妻外

忍海造小竜 ー色夫古娘ー川島皇子  16  第3皇子 近江王 近江国の佐々木氏を賜姓 ?ー692没
忍海造小竜 ー色夫古娘ー泉皇女    17
                            
栗隅首徳万 ー黒媛娘 ー水主皇女   18  第5世王
                   
栗隅首徳万 ー黒媛娘 ー ?        19
                         
越道君   ー伊羅都女ー施基皇子    20  越後越前の地方豪族の娘 人質で奴隷の妥女(女官) 4階級の妻外 第2皇子 伊勢王 伊勢国の青木氏賜姓 643?ー689没              

伊賀君   ー宅子娘 ー伊賀皇子     21  地方豪族の娘 人質奴隷の妥女(女官)4階級の妻外  第1皇子 皇位継承者大友皇子 648ー672没 

以上 中大兄皇子(天智天皇)の子供である。                        




大海人皇子(天武天皇)の子供
NO   子供    順位    出生順     備考
1   草壁皇子  1      3   皇太子  668ー689

2   大津皇子  2      2         ? ー684

3   舎人皇子  3      7   日本書紀の偏纂  歌人 多くの皇子に信頼された。
  
4   長皇子   4      5         ? ー693

5   弓削皇子  5      6         ? ー693

6   新田部皇子 6      8

7   穂積皇子  7      9

8   高市皇子  8      1        653ー696 武勇に優れる

9   忍壁皇子  9      4

10   磯城皇子  10      10

11   大来皇女

12   新田部皇女

13   但馬皇女

14   紀皇女

15   田形皇女

16   十市皇女

17   泊瀬部皇女

18   話基皇女

19   阿閉皇女

以上が大海人皇子(天武天皇)の子孫である。


皇子の各国の守護として確認出来る王

伊勢王、近江王、甲斐王、山部王、石川王、高坂王、雅狭王、美濃王、栗隅王、三野王(信濃王)、武家王、
広瀬王、竹田王、桑田王、春日王、(難波王、宮処王、泊瀬王、弥努王) 以上19人/66国

以上が皇子で配置されていた。

注釈
これ等の施基皇子を始めとして皇子と王は「日本書紀」によく出て来る。

皇子順位は直系順位ではなく、天皇家一族の天皇に対して純血順を主とし母身分と合わせて順位を決める。

古人、有馬、軽、大海人、建、伊賀、施基、川島、草壁、...と続き24人等が居たとされるが、大海人皇子を遺し、皇位争いで上位3人と不明2人(孝徳天皇の皇子2人同日病死)と建皇子は病死で19人となり、大海人皇子と伊賀皇子との争いで18人となる。

天智天皇の後は大海人皇子が順位1位であるが、天智天皇は慣例を破り、直系の伊賀皇子(大友皇子)を大海人皇子の了解を得て後継者と定めた。しかし、天智天皇の死後皇位争い(高市皇子が中心になった)が起こる。
施基皇子と川島皇子は中間の立場を採った。戦い後、施基皇子と川島皇子が中心になって天武天皇に代わって政務の実務をこなした。(後日レポートする)
施基皇子は天武天皇死後も持統天皇に依頼されて葬儀を含めて皇太子の草壁皇子に代わって政務を代行した。

当時は、天皇家の純血を守る為に、同族血族結婚を主体としていた。

中大兄皇子(天智天皇)の多くの皇女(新田部皇女など)は大海人皇子(天武天皇)の妻となる。

天智天武天皇の不詳不明の皇子皇女をあわせると40人となり、確実な所は34人と言われているが、皇子皇女の不明があるので確認記録は30人である。

中大兄皇子と大海人皇子の皇子達は別々に記しているが、当時は、皇族合わせての皇位順である。
慣例で行くと、天智天皇の施基皇子(伊勢青木氏)と川島皇子(近江佐々木氏)は全体からみると第6位と第7位皇子と成る。後に、宇多天皇の滋賀の佐々木氏が発祥した。
これ等の3氏の象徴紋(後の綜紋)は笹竜胆紋である。

天智天皇はこの時、第4位皇子までを皇位継承権を与え、第4世まで王位を与え、第6位皇子には賜姓して親衛隊の任務を与え臣下させる方式に変更した。
第6世以降はひら族にし、坂東に配置した。後の坂東八平氏である。
第5位皇子と第5世皇子はその中間として、皇子が少なくなった場合は上位に上がる方式である。

光仁天皇まで女性の天皇が続いて起こるくらいに皇子が少なくなり、光仁天皇は施基皇子の子供である。
(伊勢青木氏の勢力が強くなる。次ぎの桓武天皇はこれを嫌い母方の阿多倍一族のたいら族を賜姓する。5代後の平氏:このため青木氏勢力が低下)

この反省から、嵯峨天皇(桓武天皇の子供 光仁天皇の孫)期から上記の方式を緩めた。
4世を6世に変更した。

嵯峨天皇は、第6位皇子の賜姓臣下は継続し、青木氏より再び源氏と変名し同族を強化し、平氏に対抗した。皇親政治の基礎を築いた。
第6位の施基皇子(伊勢王 賜姓青木氏)と、特別に、川島皇子の第7位皇子も賜姓(近江王 近江の地名を採り佐々木氏)を受けた。
(施基皇子は芝基皇子 川島皇子は河島皇子とも書く)

この他に、第4(5)世皇子(王)まで(親族の有間皇子、軽皇子、古人皇子等)を加えると50人程度と成る。5世王を入れると65人程度と見られる。
大化の改新の実施理由の一つの皇子皇女への財政的負担が逼迫する程度に、内蔵大蔵に大きく担っていたことが確かに明白である。

この当時の政治体制は3蔵制 大蔵:朝廷の財政で阿多倍の次男担当 内蔵:天皇家の財政で阿多倍の三男担当 斎蔵:政事を含む祭祀で藤原氏担当、これが後に摂関家となる。)
阿多倍は敏達天皇の曾孫の芽淳王の娘を娶り、准大臣に任じられる。
九州大隈国を半分割し、更に、伊勢青木氏の守護地の伊勢伊賀地方北部を分割して阿多倍に「不入不倫の権」をつけて与える。

皇位順は出世順ではなく母の身分(4階級:皇后、后、妃、賓と妥女)と父の皇位順の身分で異なる。(賓:みめ 妥女:うねめ) 
皇后、后程度までは身内であり、子供は避けている。政の立場である。
多くは大豪族の大臣や、中豪族の連や、小豪族の臣の娘で、妃か賓からである。
妥女は階級外で、地方の豪族の娘で、扱いは人質に近く女官奴隷であった。
妥女の子供が多いのは近親婚の弊害を避けていた。
この時代は妥女が多い。
「妥女」(うねめ)とは全ての地方豪族から人質をとり、後宮の女官として入り、一種の奴隷扱いである。(現在の奴隷感の意味ではない)

当時の皇位は子供ではなく血族結婚である為に、血縁純血順の兄弟順の組み合わせとなる。
叔父叔母兄弟と従兄弟の関係は親近婚の血族結婚であるので、判別がつかない。故に上記の皇位順の方式が用いられた。

参考、天武天皇の末の皇子の磯城皇子(しきのみこ)は別人である。

この時代の唯一の史書の日本書紀との組み合わせて検証するとドラマが見えてくる。

「大化改新」のレポートを参照して見るとその活躍が浮き出て来る。
皇子皇女名は地名から来ている故に、その土地の子孫の存在も読み取れる。地方の豪族も判る。

以上の史料を参考にして頂きたい。
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伊勢青木氏 家訓3

家訓1と2に続いて家訓3に入る。

青木氏の家訓10訓
家訓1 夫は夫足れども、妻は妻にして足れ。(親子にして同じ)
家訓2 父は賢なりて、その子必ずしも賢ならず。母は賢なりて、その子賢なり。
家訓3 主は正しき行為を導く為、「三相」を得て成せ。(人、時、場)
家訓4 自らの「深層」の心理を悟るべし。(性の定)
家訓5 自らは「人」を見て「実相」を知るべし。(人を見て法を説け)
家訓6 自らの「教養」を培かうべし。(教の育 教の養)
家訓7 自らの「執着」を捨てるべし。(色即是空 空即是色)
家訓8 全てに於いて「創造」を忘れべからず。(技の術 技の能)
家訓9 自らの「煩悩」に勝るべし。(4つの煩)
家訓10 人生は子孫を遺す事に一義あり、「喜怒哀楽」に有らず。

家訓3 主は正しき行為を導く為、「三相」を得て成せ。(人、時、場)

関連訓
「三相の論」
「衆生の論」
「万物の輪廻」
「女子と小人養い難し」
摂理「5つの変化」(上限変化 微分変化 変曲点 積分変化 上限変化)
摂理[S字パターン」「N字パターン」(回帰法)

この家訓を理解する上で、伊勢青木氏の歴史的な経緯が大きく左右しているので、先ずそれを先に述べる。

歴史経緯
伊勢青木氏は大化改新で発祥し、1315ー20年頃から「2足の草鞋」で商いを営み明治35年まで「紙屋」として続き、男系継承は耐える事なく現在に至っている。
ステイタスも笹竜胆紋と生仏像様を維持している。又、後150年は孫の時代であるので確実に継承する事が約束されている。
この間には多くの波乱万丈の歴史を保持しているが、この過程では、伊勢青木氏の子孫繁栄の秘訣を家訓10訓として何時しか遺されている。此処まで来られたのはこの家訓のお陰げであり、これを先祖は人生の最大目的軌範として護り続けたものであろう。現代も護る軌範としている。

この歴史事から、侍として、商家としての長い歴史の経験から「戒め」としてのものが出来上がっているが、特に、この家訓3となった経緯が大きく左右している。

従って、最大の理解を得る為にその経緯を先ず優先して次に示す。

歴史的事件に直接関与
その由来を調べると、日本の歴史上の大きな出来事に直接的に殆ど大きく関わっていることが判る。

例えば、① 647ー780年頃の大化期の大化改新で発祥(647)し、勢力拡大して皇親政治の主役となった

② その後、150年後の桓武天皇の母方の阿多倍一族の引き上げ事件とその一族との軋轢(781ー806頃)

③ その阿多倍一族の末裔の京平氏と嵯峨期から発祥した同族の源氏の勢力争いの戦い「保元平治の乱」(1153--59頃)

④ 青木氏と源氏が衰退する中での青木氏の遠祖の源頼政の「以仁王の乱」で合力(1178-80頃)

⑤ それ④を引き継いだ「治承寿永の乱」での一族一門の同族としての戦い(1180-85頃)

⑥ 頼朝の旗揚げと「伊勢青木氏の本領安堵」、鎌倉幕府樹立後の北条氏との軋轢と「2足の草鞋策」の自立(1195-1235頃)

⑦ 室町幕府の伊勢の国の半国割譲(伊勢北部伊賀と伊勢南部長島)での衰退(1465-73頃)

⑧ 紙屋長兵衛が後ろで糸を引く伊勢の一向一揆から始まった信長の「伊勢長島攻め」(伊勢大河内城)での北畠氏への合力(1569-75頃)

⑨ 台頭著しい信長の伊勢攻め「伊賀天正の乱」で名張城、度会の山城青木城での敵対(1573-77年頃)

⑩ 蒲生氏郷(秀吉命)の伊勢青木氏(本拠地五日森の松阪城:平城松ヶ島城)の「松阪攻め」(1578ー82頃)

⑪ 戦いでは最後となった家康の「大阪の役」の参戦(1614-15年頃)

⑫ 明治の初期に「地租改正」が起こり三重から各地に伝播した「三重大一揆」(1870-72頃)

⑬ 明治35年の(出火元)松阪の大火と600年以上続いた紙屋の倒産と賠償(この時期数年立て続けに悲劇が起こる)

これ等の主だった歴史上の大きな事件と戦いに直接的に巻き込まれた。

647年から1620年までの他の政治軍事の権力闘争の戦いではいくらかの関与はあったと見られるが、上記のこれ等が史実として明確に成っている青木氏の存亡としての大きな分かれ目の戦いであった。
この様な戦いの中でありながらも無事生き残れた。
(参考 1185-1300は安定期:1315-1325は「2足の草鞋策」期:1330-1573は下克上戦国で苦難期)

「2足の草鞋策」と「不入不倫の権」での生き残り
それは、商家として手広くしていた「2足の草鞋」と、古来奈良期よりお墨付き「不入不倫の権」で護られていて救われた青木氏始祖の「伊勢青木氏」があったからこそ、この二つ事で生き延びる事が出来たのである。
当然に、この様な経緯からその家訓は必然的にその影響を色濃く繁栄する事となろう。
この全家訓は、この事の背景を理解した上で、とりわけ家訓3にはその深意を汲み取る事が出来る。

「商家と武家」
家訓が出来る経緯の中で、ここには、”何故に商家なのか、何故に「2足の草鞋策」なのか”という疑問が残る。これを示す事件があるので特筆して紹介する。

天正の直接事件
この事件は信長と直接伊勢青木氏とが戦った有名な事件である。
900年間も護られてきた天皇家の本宮の伊勢には、天武期と嵯峨期に定められた「不入不倫の権」があった。
しかし、室町期の混乱期でありながらも護られてきた。然し、信長の「天下布武」の方針の下で、これ等の神社仏閣の既存権威は破壊された。
その護られてきた「比叡山焼き討ち」を始めとする一連の信長の禁断を押し切った「伊勢攻め」で、信長の一の家来の滝川三郎一益と信長の息子信雄を特別にこの伊勢攻めに差し向けた。
この時代では、周囲では信長の一斉討伐が行われていた。都に向かう掃討作戦の一環としてである。
先ず、この伊勢に於いては、それは信長が安心して京に進むには、最大の戦略課題であるこの伊勢路を確保する必要があったからである。
ここは青木氏の勢力圏と紙屋青木長兵衛の伊勢シンジケートのテリトリーである。
南北朝時代の楠木正成の10万の兵を打破した歴史的善戦でも知られるように、この域は伊勢シンジケートの膝元である。
この為に、伊賀に差し向けられたこの二人はこの為の拠点として伊賀の入り口の丘の上に山城を築こうとした。
しかし、材木が極端に不自然に高騰し入手できない。築城は全く進まない。
当然である。この域は伊勢青木氏で伊勢の豪商のテリトリーである。
紙屋長兵衛は、伊勢一帯を海の伊勢水軍と共に、戦乱で敗退した豪族を集め組織化し養いしたシンジケートで押さえている。それでなくては大きい商売は不可能である。
政治的、軍事的、経済的には、主に3つの護り城郭等を持ち、名張から桑田、員弁まで押さえている。
名張城と度会の山城青木城と松阪郭館で伊勢青木氏が押さえている。まして、大船を数隻を擁して海外を相手とする堺町にでも大店を出している。材木どころか搬送の船、人夫さえも確保できる筈は無い。
1年2年と全くと云って進まない。滝川氏は痺れを切らして紙屋長兵衛が密かに差し向けた人を頼りに、長兵衛と材木と人夫調達を頼む為に会う事となった。
商人としての顔も持つ長兵衛は誘いに入ったと見て、了解した。密かに、シンジケートに指令を出す。
材木は調達できた。城は長兵衛の意を汲んだ人夫達はゆっくりと建て始めたが、長期間の末に、やっと出来て天守閣がもう少しで建つというところで、念願の滝川氏と信雄はその城を見にきた。ところが、その時、爆発と共に城から火の手が上がったのである。長兵衛の伊勢ルートのシンジケートが仕組んだ作戦であった。
苦労の末に経済的に底をつく様なところで出来たが、水の泡と化した。一方、長兵衛とそのシンジケートは大もうけであり無傷の戦勝である。
再び元の状態に戻り、伊勢攻めは始まらない。この間、もう一方の武家の顔を持つ青木民部尉長兵衛信定と伊賀氏側では、名張城と青木本山城と伊賀城とで、次ぎの本戦に向けての作戦が着々と進められていたのである。この猶予期間を作りだす戦略であった。この二つの顔を持つ長兵衛であった。

これが滝川氏と織田信雄が「蟄居謹慎」に会った彼の有名な「信長烈怒」の史実である。
信長唯一の完敗である。それも影の商人に負けたものである。この後、信長は方針を変えて確固攻撃で無理押しの「伊賀攻め」に入った。
矢張り、本戦が出来ない伊賀特異のゲリラ作戦に入った。青木氏は、その信長の陣地を側面から崩す作戦に出た。つまり、2面の陽動作戦である。信長側は夜昼は無い。シンジケートの邪魔で食料は届かない。皆疲れ果てる。戦意は落ちる。
真に南北朝のこの地域で起こった十万の兵を手玉に取った「楠木正成の戦い」に類似する。
同じ紙屋長兵衛が指揮する伊勢のシンジケートが動いているのである。当然である。またもや長期戦である。
しかし、伊賀側でも消耗戦でありジリ貧である。最後は、青木氏の名張城から青木氏の本軍が伊賀城(柏原城)に入って共同決戦となった。
多勢に無勢である。結果は長期戦で伊賀城は落ちた。しかし、城は落ちたが伊勢青木氏は無傷である。
ところが信長は此処までが精一杯の戦いであった。伊勢青木氏の本拠地の伊勢松阪までは入る事は出来なかった。
その後、この前も秀吉をも同じ手で矢張り「伊勢長島攻め」で苦労するのである。そして、最後には秀吉の命を受けた蒲生氏郷の「松阪攻め」の青木氏の敗戦で終わる。

その後では、新宮に避けていた青木長兵衛は1年後に同族の血を引く氏郷の招きで紙屋長兵衛として再び松阪に戻る。
その後、秀忠を待つ為に名古屋に留まった「大阪夏冬の陣」の家康の要求に合力して、紙屋を中心とする全伊勢シンジケートを結集して伊勢路沿道警備として250人で参戦した。
徳川時代に入り、紀州徳川の松阪飛地領として青木氏と親交を続け、紙屋長兵衛では吉宗の「享保の改革」に依頼されて一族の者を同行させ勘定方として貢献する。親交は大正14年まで続いた。

「伊勢で起こった2つの大一揆」
他に、伊勢国に長く関わり確固たる経済的基盤と権威を築いてきた1365年の歴史をこの地で持つ伊勢青木氏は、確たる証拠は松阪大火で失い無いが、1570の長島一向一揆に続き、1876年の2度目に起こった明治の「地租改正」に反対する住民の有名な大暴動の「三重大一揆」にも、立場上(伊勢国玉城町の面積の8割が長兵衛の蔵群であった事と、東西10町の重要な人物をすまわせた松阪侍屋敷町の2区画を与えられた事)その経済力から考えると、充分に裏で関与していたのではないかとも思われる。
実は、10年前の徳川時代に、この三重の豪族で紀州徳川氏の重臣で、伊勢を治めていた加納一族(吉宗の育親)との血縁がこの時期に伊勢の青木長兵衛の家とあった。
この加納家も青木氏と同じく「2足の草鞋策」で加納屋として大商いも営み地元の地主として君臨していたのである。
伊勢でこの二つの両氏が「地租改正」で土地を奪われるという事は氏の存亡に関わる一大事であり、伊勢で一ニを争う両者の経済力で、「伊賀天正の乱」の様に、この騒ぎの紐を操るとしても不思議は無い。又、一揆としても人間の成す事に変わりは無い。一時的な感情で動いたとしても続かないのが常である。経済的な裏づけがなければ長続きできない。当然、全国的な一揆としは繋がらない筈である。だとすると、証拠は遺さないであろうがこの推論は考えられるのではないか。

以上の1635年間で数多くの事件の三重付近で起こったこれらの史実事は、我が家の「口伝」内容を考察すると、上記の史実とがほぼ一致して伝わっている。

これは真に、「2足の草鞋」でなくては成し得ない生き残り策であり、この方策を先祖が時代の「三相」を見据えた深い判断で採った策であった事が判る。まぐれの1度や2度での事件の繰り抜けではない。「政治、経済、軍事」の3権を保持する事の明断であった事は疑う余地は無い。
それには欠けていたものとして、何度も繰り返される事件に対して、「武家としての権威による経済」では無く、実効の行動基盤の整った「商家としての実質の経済の力」の保持であった。その必要性を痛感し、自前であった「武家としての権威による経済」を活かし発展させて1315ー25年頃にこの策を判断したものであろう。

そこで、この事例でも見られる様に、この家訓3は「商家」と「武家」との両方での時の「生き抜く術」(人、時、場処に適時適切に動いた術)の結論であったものと見なされる。
故に、時の武力と政治の権威の信長を打ち負かす程の「力」を持ち得ていたのである。

そこで、これらの事を背景に生まれたこの家訓3を紐解いてみる。
簡単な文章の単語の全てに大きな意味を持っている事が判る。

「主の思考」
例えば、先ず、主語の「主」(あるじ)である。
「主」(あるじ)商家であろうと、武家であろうと、上に立つ者としての裁量の如何に依って氏や家の浮沈は決まる。
だから、「主」がしっかりとしていればこそ、1365年の間の上記の様な歴史を生き抜いてくる事が出来た。そして、何事もそのキーワードは”「主」に成る者の如何である”と結論付けたのは頷ける。
その重厚な経験から「主如何」と言えるからではないか。

私は、昨今では、それが全ての事件に欠けている様に思う。
もう少し、上に立つ者の「主」が、しっかりと「自覚」し、事細かに「目配」りをし、「厳しさ」を示し、「事の理」をわきまえて居れば防げた事件が多い。
確かに、世の中は一昔と較べて物事全てが「煩雑化」し「緊迫化」し「科学化」し「スピード化」している。
故に「主」の負担が大きい事が頷けるが、それで、適格者ではないと思えることが多いことも言える。

そこで、例えば、10の力で経済成長が進み、更に経済成長させようとすると10以上の力でなくては進まないのが道理である。
車に例えると判りやすい。車が40キロで走るとする。更に速度を上げようとすると、40キロ出力のパワーでは40キロ以上のスピードは出ない。当然に、出力をそれ以上に上げる必要がある。80キロで走るとすると一見倍の力だと思うだろう。
現代の日本はその域にあるから、我々の時代と異なり、その負担はより大きい。従って、組織を動かす者にとっては動力と思考の負担は格段に違っているだろう。だから指揮不足、不適格者とも思える事象が多く成っているのかも知れない。

と考えるのが普通であろうが、そうではない。私は少し違っているのではと思っている。
何故ならば、この思考には上限の「絶対値」というこの世の中に存在する生物、或いは動体には存在する思考が欠けているからだと考えているのである。
つまり、当然に、その社会になれば、指揮する者に課せられるそれなりの思考が存在するという事である。
それがこの家訓3にこめられた訓であると言うのである。

上記した先祖が遭遇した事件の「時代性」は、丁度、現代の社会の「時代性」と共通するものがあるからである。
その「時代性」とは、下記に述べる「5つの変化」のうちの「積分社会」の「上限域の変化」に遭遇していた事による。
当時の時代の基盤では成長の上限に到達していて、それに対する改革が成されなかった結果、上限に持つ特性の破壊、即ち、「下克上や戦国時代」と言う谷底に陥った「時代性」であったという事である。
故に、それを解決すべく長い期間の人間の葛藤が起こってしまったと云う事である。

現代もその谷底に落ちる手前に来て居ると観ている。化石燃料の枯渇や温暖化や世界の国格差などで、騒乱が起こる手前の時代性と一致する。(破壊に繋がるのは、私は論理的に矛盾を多く持った中国の結果次第が引き金と観ている)

この手前の社会の思考には、”無限に高一定率(「微分変化」)で伸び続ける動体は無い”と言う肝心な「自然摂理」の思考に欠けている事である。
現に、一般界、マスコミなどで、比較的、或いは殆どの「衆生」の判断には、この思考(微分変化だけではなく「5つの変化」域に限界値がある事)に欠けたのものが多い。
まだその認識に意識が至っていないことを意味する。安易な「衆生の論」に終始している。

此処で、時事放談をする。
先刻の選挙で民主党が大勝ちした。民主党は当初”「永田町 民意民意と せみが無く」”であった。
果たして、この「民意」は”「せみの声 正しい民意 民民ぜみ」(正しいせみの声)だろうか。
”「寒空に 民意ねじれて せみが死ぬ」”である。
”「せみの声 民(ミン)が悪くて 自民負け」”(ジーミン)でないのか。
”「せみ騒ぐ 感にさわるは 民(ミ-ン)の声」”
”「民意鳴く 好きと嫌いと せみの声」”(ミーンィ)
”「一つ鳴く 孤独の民意 せみの主」 
「民意」と言うが、国政が滞り適時適切に施策が実効されなくては本来の国会の目的はない。
この「民意」は「衆生の論」でなかったか。果たして「民意」を何でもかんでも政治には「民意」では無い。
もし、「民意」が何時も「真の民意」であれば政治家は要らない。アンケートすればよい。それを官僚が実行すればよい。
「民意」はとかく「衆生の論」である事が多い。「三相の論」と「5つの変化」(下記)から導かれた論でなくては世界を相手に打ち勝てない。そのために、「主」としての「政治家」を送っているのではないのか。
ただ、この「主」の政治家が「衆生の論」の見本の様な「おてて繋いで」「仲良しクラブ」に「主」に値しない資質の者を用いてしまったトップの「主」が居た事に寄るのではないか。
この様な人事をするトップの「主」の思考(資質)の低さ(三相の論)があったのではないか。
又、何も、「民主」が良くて「民意」が民主に傾いたという事ではあるまい。(どの世界にもこの様な人物が居る)
時に、「民意」に反して、「三相の論」と「5つの変化」から「主」の者は、一人孤独で思考を巡らして、国を導かなくては成らないのではないか。だから、国を委ねる大事な立場なのだ。「民意」(衆生の論)で出来れば苦労はしない。
真に西郷隆盛の「女子と小人養い難し」ではないか。「感情」で政治が出来れば政治家が要らない。
「民意」は兎角「感情」が主体と成っている事に、「主」たる者が知る事の「主」の資質なのだ。
政治は「歴史と現実」を背景とした読み取り論理である。これは、況や、「5つの変化」から「三相」を読み取る資質なのである。
即ち、下記の「色の理論」「波の原理」とする世情の「流」を読み取る資質である。
この見識なくして「正しい民意」を「衆生」が出来るというのか。

では、その「正しい」ものを導く思考(主の思考)とは、一体何なのかを次ぎに示す。

万事万物万象には摂理「5つの変化」なるものがある。


自然摂理「5つの変化」[万物の輪廻(りんね)]

「上限の限界値」
ものには、先ずその一つその主力の絶対値、つまり、「能力の限界」(出力限界:上限の限界値)があるからだ。その出力限界に近くなれば、エンジン過熱や、燃料の燃焼、各部品の体力、環境条件、空気水分、等の条件が限界値に到達して比例的に出力は上がらないのである。

S字の上の曲線部の末端部である。(末端の短い部位は若干下向き線が多い)
この時の直前の変化は、「積分的変化」を起すのである。
この世の全てのものはこの変化を保持している。例外は無い。
従って、その出来事の評価、判断はこの摂理に従って行わなくてはならないのであるが、ところが、マスコミなどで示される評価、判断は殆ど「微分変化」だけの思考で、無限の「微分変化」は無い事を知らず、「積分変化」の有無も知るか知らずか、殊更に自慢げに自身を持って述べている。特に解説者やコメンテーターなどは100%である。
この上限の末端の特性はその物質を構成する分子の「破壊」の現象が起こる。

「積分変化」
つまり、上限の手前のその変化を曲線で現せば「積分曲線」(双曲線)と成る。
1のものに対して2乗分の1とか3乗分の1とかの変化しか起さない事を意味し、急激に出力は低下する。最後には、殆ど確認出来ない程度のものとなる。これが「積分変化」と言う。(1/Kの乗数:積分率)

S字の上の曲線部である。(この曲線部の末端前は上向き線が多い)
この域では変化率が低いので一定域が広い。その為その万物万象の特長を時系列的に明確に良く示す。
変化率が低い、その「時系列」が判り易い、下限から観て位置は高い、比較的に「微分変化」より「積分変化」の域が長いことも特長である、変曲点の右だから変曲点の特長に類似する等、特長を万物万象に適用して当て填めて思考する事で対処法が見出せる。

「微分変化」
比例的に変化する領域を「微分曲線」(直線)と云う。
僅かな曲線(変化)を示すが殆ど直線で出力した分だけ期待通りの比例的にほぼ変化する。人間であれば青年期の若い時の勢いである。自動車であれば80キロ程度以下のパワーとなる。この様なときに示す変化率が「微分変化」と言う。
この「微分変化」域(変曲点まで)では1に対して増加率が一定(K)で変化する。(1/K:微分係数)
S字の斜めの直線部である。(この斜めは実際は右上の逆斜めになる)
この域は比例的である、比例値が明確である、比較的この域は小さい、変曲点の左であるので特長を造り出す域である等で、特長の構成質が観える等万物万象に適用して当て填めて思考する事で対処法が見出せる。

「変曲点変化」(上)
ところが、この二つの変化の間には、必ず全てのこの世の物体には、このどちらとも云えない変化を示すところが生まれる。
S字の上の繋ぎ目(角部)のR部である。(このR部は笹波の短波線が多い 下側のR部は基本的に少ない)
これを「変曲点変化」と呼び、その曲線の変わり目の変化点を「変曲点」と呼ぶ。
この変曲点には、万事万物より、その呼び方は変わるが一般的にはこの呼び方となる。
この変曲点を確認出来ると、その万物万象の特長が大まかに把握できるポイントであり、その特質を調べるデーター採りをする際はこのポイントを見つけ出す事に重点を置く。ところがこの「変曲点」を見つけ出すのが難しいのである。
この点は全体の65ー70%に相当する所にある。
この世の万物万象のこの点を感覚的に把握するのが難しいのと同じである。
それは何故かと言うと、この点を以ってその以下の所(微分変化)で「行為と行動」をすれば、その全ての面で問題が起こらず都合が良い域事になる。
材力設計をする等場合にはこの以下の所で行うのもこの理由からである。
殆どデータを拡大しないと瞬間的でこの点が無いと言うものもある。
この点には、一定の短期間横ばいの波線を示すのが普通である。
(万事万物には本来、主に「5つの変化」を示すが、後一つは下記に述べる。)

この様に、夫々「5のつの変化」の曲線の特長を見つけ出し、それを万物万象に適用する事で思考する。

そこで、元に戻して、10の力で進めれば、現状維持となるだろう。この繰り返しが続けば続く程に、その10の努力は積分的に増加する事になる筈である。同様にその指揮者の能力も積分的に伸びなければ成長と指揮力とに差が出て来る。
同然、積分的に伸びるだけの力を、猿から進化した者にそんな力を神仏は与えず備わってはいない。
故に、その差のはけ口が事件となる事は必定である。

事程左様に、この世の成長では、例えを戻して、現在の経済成長も、中国の成長率と、日本の進んだ経済の成長率とを同じに比較することがよく発表されるが、あれは比例、即ち積分ではなく「微分比較」となる。
これは技術系の者としてはおかしいと何時も思う。文科系の数理論であろう。もし、技術屋がデーター採りでこの様なことを言うと相手にされないおかしな事である。

上記した様に、この世の中には「絶対値:臨界値:限界値」なるものがあり、これを考慮に不思議に入れていない。
考慮に入れると判らない人が殆どだからか、説明している人が苦手だからかであろうか。否。
本当は、この世の万事万物の変化の「摂理」で、「微分的」から「積分的」に事態は変化する。(間に変曲点が入る)

例えば、現在、日本と中国は経済的に約8-10倍の力の差がある。1の中国の経済成長18%と10の日本の経済成長3.8%は、同じではない。
普通の人の評価は、これでは日本は中国並に頑張っていない事を言うだろう。日本の経済力は落ちたと言うだろう。
普通は中国の経済成長の方が5倍で伸びたと判断するだろう。
これは「間違いの判断」である。況やこれが「衆生の論」の判断である。「三相の論」に準じていない。

日本は高度な経済成長を遂げ、高度な社会を維持している事に成るから、これは「積分社会」に到達していることを意味する。しかし、此処にこの「積分」の摂理を用いて正しく判断すると、多分、中国を日本のレベルで評価すると、概して4-5%程度に過ぎないのではないか。
つまり、日本が4%で中国は5%になる筈である。つまり、ほぼ同じ程度で伸びたとなる筈だ。
逆に、中国に合わせれば日本は17%程度と言う事に成る。(%計算には比と率がある)

判りやすく簡単に例をあげると、若い普通の野球選手の打率(比)が、若い経験の少ない普通投手から警戒されていないので、4割を維持した。卓越したイチローの様な選手が一流投手をあてがわれ警戒されて4割を維持したとする。
この二人の同じ4割は同じではない。
普通選手はイチローの環境で対したとすると1割、イチローが無警戒で普通選手の環境では10割と成るだろう。
イチローはその優れた資質を持ち「積分域」か「上限域」の人物(秀才)で、普通選手は「微分域」の初期であるからだ。
これが、先ずは普通は正しい判断となる。より「正しい判断」となる。「三相の論」は「人」と「時」と「場」を論じている。「衆生の論」では無く成っている。

ところが、又、違うのである。

というのは、これでは、厳しい社会を切り抜けていく事には、途中で問題が出て、「主」としての充分な指揮力ではないのである。

「下限の限界値の存在」
此処で、更に、上記した「上限の限界値」に対して、上記の5つ目の変化の「下限の限界値」なるものがある。

殆ど「外資」に頼る中国経済が、特に中国の日本からの「外資」に頼る経済は、その国(日本)以上の能力を示す事は物理的に、数理的にある事は無い。「下駄」を履いているのである。
つまり、判りやすく云うと「底力」と言うべきものが無いのである。(ファンダメンタルパワー)
「微分曲線」は、上の「変曲点」に入る手前までは、この「下限の限界値」が大きく左右し、次に、上「変曲点」を過ぎた時には、「積分曲線」に大きく左右する特長を持つのである。基になる影響点となる。

例を挙げて、判りやすく云うと、自動車でもエンジン出力の大きい方が小さいものより100キロ以上の能力は明らかに違ってくるだろう。この「下限」の品質程度が「積分変化」の時にも左右するという事なのである。

S字の左の末端部位で極めて緩い右上の短曲線を示す。
(微分変化の始まり点と下限線との接合部の変曲点(下)を示すものは少ない)
この「下限」で示される変化は、殆どのものをデーター化すると、直線に近い極めて小さい変化率の「積分変化」を示す。上向き曲線は小さい(ー)の放物線で、上限は下向き曲線で(+)の双曲線である。
この下限域の末端はその物体を構成している分子の停止現象が起こる。(上限の末端は破壊)

説明を戻す。
判り難いと思うので、例にあげると、次の様な事である。
自然界のものとして観ると、太陽から来る光(YMC)は可視光線としての波長のこの「下限変化」の色は、最初は太陽光に近い目にまぶしい白色域の色を呈する。
次に、次第に「ハーフトーン」と云い、人間の肌なのに現されるピンク色等の淡い「中間色」の域の色と成って行くのである。
そして、次に「微分変化」を起して、混合色はうす黒いグレー色に近づき、「変曲点変化」付近では短い平行線を示し標準グレー(18%K)となる。全色の中間の色である。この時点で全ての原色(BGR)は一点に集中する。
次に、「変曲点」(18%K)グレーから離れる頃には、紫色のグレー色に変化する(原色が影響してくる域)。
原色(BGR)は次第に夫々離れて行き、この離れ巾で原色の個性が出て来る。グレーからくっきりはっきりの原色の混合色と成り始める。
この付近から、次第に「積分変化」を起して、ゆっくり(双曲線)と成り、3原色のRGBはより離れ、1に対して複数分の一の影響で、3つのけばけばしい混合色に変化して行く。
そして、最後付近(上限の限界値)では、3色大きく分離した混合色は、ほぼ平行線に近い変化を占めし黒色と成って行くのである。(中には色以外には下向きのものもある)
これを「CCカーブ」という。

参考に、カラーフェリャー論の一例
ところがこの「5つの変化」にはカラーフェリャ-現象と言うものが起こる。
それが次ぎの通りである。

光の3原色=Y:イエロウ M:マゼンタ C:シアン  
色の3原色=B:ブルー G:グリーン R:レッド 
光と色は補色関係にある。
つまり、Yの補色(反色):B Mの補色(反色):G Cの補色(反色):R の関係にある。
Yの光は人間の可視光線の見える眼にはBの色に変化して観える。M、Cも同じ理屈である。
これでどう言うことが起こるかと言うと、黄色(Y)の光を放つ服を着ているとする。そうするとその光(Y)でその周りの色は、その元の色にBが引き込まれて、B傾向の色が出る。例えば顔にはBが入り顔らしい中間色の色と成らないのである。他のM、Cも同様である。
この様な理屈が摂理として起こる。
この原理の下限域末端の白は全てのYMC、BGRを含有しているので、この原理で「微分域」から「上限域」まで影響する理屈事に成るのである。

事程左様に、下限域から微分域までの間には、”Yと見えていたもの実はBであった”(逆も言える)と成る事が起こる。
これを万事万物万象に当てはめると、この下限域から微分域の変化を起す域では、よく洞察しないと実は全く違ったとする現象がよく起こると言う事である。
これが一つの「5つの変化」の特質を踏まえた応用思考である。

この下限の白色には沢山の白(ミルキーホワイト等)がある。この白に依って「微分域」から「上限域」までの混合色は変わるだろう。これが、全てに影響すると言う下限特有の資質なのである。
これが、自然界で起す「5つの変化」の典型的な現象である。
この「5つの変化」の夫々の変化には、万物万象に示すものと同じそれぞれの特徴を持っている。
(これを「カラーフェリャ-論」と言う。時間があれば詳しく別にレポートする)

これが理解できれば、4子(孔子孟子荘子老子)の論の書物の様に、この世の万物万象の出来事に少なくとも正しく対応する事が出来る。
仏法の「般若経」は「色即是空 空即是色」と「色」で人生訓を説いているが、真にこれである。何千年も前にこの理論の概容を感覚的に把握していたとは驚きの限りである。

この世の中の万事万物万象はこの摂理に従っていて例外はない。もし、例外があると思う事はその万事万物万象の洞察が甘い事を裏付けている。つまり、この思考は積分域に達していないと言うことである。まだ更に、悟らねば成らないと言う事である。
仏法の「般若経」の概意はこの事を説いているのではないか。
私は、特に、「見えない」は、その事を観る「方向性」にあると考えている。
事例のように人生は真にこの「5つの変化」を起す。

更に、例を上げると幾らでもあるが、鉄の強度も、この摂理に従う。
最初の「下限域」は短平行線で、直ぐに高い変化率で「微分変化」を直線的に示し、「変曲点」で「降伏点」(YP)という短小波の変化を示し、ここを過ぎると「積分変化」を起して、最後に「下限域」の平行線域を呈して、「上限域」で短い下向きのラインで急速破断(BP)する。

この「5つの変化」は夫々次ぎの変化に影響を与え特長を以って与えるのである。
これが、万事万物万象の摂理(自然法則)であり、これに従う。
これも、夫々の域でその域の特徴を持ち、その特徴は万物万象の事例と一致する。
(その特長を現す此処にも理論があり「FC状態図」と言う)

話を元に戻すと、経済科学の面に於いて、若い中国のファンダメンタルと、老練な日本のファンダメンタルとは明らかに違う。
中国のファンダメンタルには、「2律背反」の政治経済、他民族、自己資本力の不足、五行思想、多発暴動、低い民度等の危険性を多く孕んだ下限域のファンダメンタルを持っている。
この下限域の環境条件を考えずしての思考はきわめて危険で、将来の正しい判断と結果を導くには余りにも危険である。つまり、「白の色合い」如何である。

若い普通の選手とイチローとはファンダメンタルは異なる。
このファンダメンタルを考慮に入れての結果は、日本4%は12ー14%で、イチローの10は15と成る。

全ての万事万物万象には、この下限の「下限値」が「5つの変化」のどの域にも大きく影響する要素を保持しているのである。
「下限域の変化」はこの様な特質を持っている。

これ(「三相の論」)は、基となる「下限値」を考慮に入れた事になり、正しい判断と成る
これで、「衆生の論」から脱皮した「主」としての思考であり判断となる。この判断を以って指揮する事になる。これを「速やか」に判断出来る「思考訓練」が必要に成る。「主」としての孤独な厳しい務めである。


「摂理のS:N字パターン」(回帰法)
もし、これ等の変化が、繰り返したとした場合、S字は「上限域」での限界に達して破壊が起こり、急激に元の「下限域」に到達し繋がり、周期性を示し、N字パターンと成る。
この原理を法則にまとめて数式化したのが、統計や科学分析に用いる「回帰分析法」である。
つまり、全ての万事万物万象はS字パターンを起し、元に戻り、このサイクルを繰り返すと言う摂理を統計的に積分法により理論化したものである。「カラーフェリァ-論」や「FC状態図」と同じである。

このS字パターン(5つの変化)は歴史的に見れば大きい期間でも観られるが、決してそれだけでは無くスポット的に観てもこのS字パターン(5つの変化)は起こっているのである。
(下記の波理論)
上記の例を判りやすくする為に、複数の変化の比較による思考であったが、一つの変化の中でも、この摂理は適用する事も可能である。
この現象は摂理である。

「波」の原理と「5つの変化」の摂理
SとNのパターンに付いての大事な特質がある。
それは、例えば「波」に例えられる。
「波」は動いているとお考えであると思うが、実は「波」は動いていないのである。
「波」は3つの波で構成されている。
先ず、最初は外力で「波」が上側に凸に成る。そうするとこの凸の重みが引力で下に押しやられる。押しやられると隣りには凹になる。次ぎにその凹に成ったその勢いで上に押し上げられ、隣りに又凸が出来る。この繰り返しが「波」になる。
本来、一つの凸は重力で隣りに伝播するだけで、移動してはいないのが原理である。
海の波が移動しているのは潮の流れと月の引力に依って移動している。所謂、外力で移動しているのである。
宇宙から来る波は障害が少ないのでこの本来の原理で地球まで届いている。

ところが、この線状「単波」だけではこの原理は起こらないのである。
この「波」の中を分析すると、この「波」の中にもう一つの「小波」がある。
つまり「波」の曲線の線上の中に同じ原理で「波」が起こっている。だから伝播が起こる。
巾の持たない線のそのままであれば、宇宙の磁場磁力や宇宙風や宇宙塵で歪み、伝播は引っ張られて壊されてしまう。この子の小波がある事で波の曲線が、太く成るだけではなく、生きた波巾を持つことに成る。
だから障害に左右されずに地球まで届くのである。
中にはこの子の小波が2つある事もある。そして、これ等の「波」は幾つか続くと周期的に「大波」が発生する。この原因は周期の微妙なズレが集積されて一つになり「大波」が生まれる。
この「大波」が又、波の伝播の動力源となるのである。
この周期のズレは障害に対する影響度で「大波」には差異が発生する。宇宙からの波はこの大波は殆ど無い。
これが「波の原理」である。

この世の万事万物万象も波に表される事が出来、この原理(摂理)に例外なく従っている。
S字からN字にパターンが移動していく過程はこの「波の原理」に従う。

この様に、ミクロ的に、局部的(スポット)にも、この5つの変化(S字パターン)は起こっているのである。
長い歴史の複数の「5つの変化」の繰り返しはこのN字パターンの摂理に依って起こっている。
つまり、俗に言う「歴史は繰り返す」と云う言葉がある。
この「繰り返す」はこの波のN字パターンであり、色の「波の原理」で起こっているのである。
ある大きな歴史事件の「積分域」の変化が起こり、遂にはその果ての「上限域」では戦いなどの破壊が起こる。そうするとその破壊のエネルギーで再び元の下限域の変化が起こり、その持ち得ていた力で「微分域」「変曲点域」「積分域」の変化へと進んで行く。
これは「波の原理」又は「色の原理」と同じである。
大宇宙のビックバーン(上限域末端)とブラックボックス(下限域末端)はこの現象(5つの変化)である。

ある出来事の短い期間の出来事に対しても、”今はどの域にあるのか”よく洞察して、その域の特質を駆使して対処する必要があるが、そこでこの「5つの変化」での「三相の論」は適用できるのである。

「流」と「5つの変化」(S字パターン)
更に、俗に言う「ものの流れ」とは、このS字パターン(5つの変化)であると考えている。
この「5つの変化」(下限変化ー微分変化-変曲点変化ー積分変化ー上限変化)として世の万事万物万象は動いている。この「流」を分析すると「5つの変化」が起こっているのである。
しかし、残念ながら、その「流の力」に打ち勝つだけの力を人間には神は与えていない。
だから、”「流」に逆らうと良くない”と言うのは、”逆らわず「流」を理解し適応せよ”との「戒め」である。
その「理解」とは、”「5つの変化」のどの位置にあるかを見据えて、その域にあった動きをせよ”と言う事である。
そして、その変化の特徴の把握にはより確率を高くする「訓練」が必要であるとしている。

このS字パターン(流)は真実摂理であるが故に、消滅する事無く、今まで言伝えられているのである。

「仏法 万物の輪廻」
余り一般の人には知られては居ないが、自然界に存在する「万事万物」はこの法則に従っているのである。
人間の指紋と同じく、その万事万物の特徴や個性を現す手段として、Sパターン(Nパターン)のデーターを採れば現されるのである。特に、この中間点の変曲点を見つける事が、大変難しいのだが、そのものの特長を掴む事が出来るのである。
仏教では、これ程には詳しくは論理的ではないが、この摂理を説いている。これが「万物の輪廻」であろう。
または、統計学で言う回帰法であろう。

「先祖の力:評価の応用例」
余談だが、イチローなどの野球選手などのトップクラスの談話を聞くと、この「匠」と言うか「真のプロ」と言うか、その域(積分変化域)に達した者の発言は、この摂理に従った思考をしている事に驚く。これが簡単に言えば、「プロの思考」条件と言うものであろう。
「5つの変化」の特質を把握すれば、選手が「微分変化」域の者か「積分変化」域の者か「変曲点」域かは判別できる。
素人域の者は「下限の変化」域で見極めることが出来る。「上限の変化」域は破壊であるので、無いか異質者(天才)であると観える。
何でもそうだと思う。テレビの解説者やコメンテーターや政治家や企業家や小説家の言を聞けば、その人物の到達域がどの程度のものかは判断が着くし、信用に値するかは判断が出来る。
私は常にこの「5つの変化」の思考で聞いて判断している。この者がどの域の者であるのかが見極める事が出来ると思っている。
この家訓3に従い余り間違っていない。

「経験則と自然の摂理」
先祖は、「経験則」でこの思考を獲得していた事が頷ける。
昔の先祖は此処までの科学根拠は知り得ていなかったであろうが、イチローと同じく「経験則」から習得した心得であったのであろう。
実は、私はこの家訓3は、現在では科学が進み知識として習得が容易に出来て、自分が納得できれば、自らのもの「思考原理」として用いて訓練(技術屋として)し、人生の生きる術として使う事が出来たが、別の意味で、先祖がこの「自然の法則」を知り得ていたことに驚いている。
家訓として遺している以上、この思考を駆使していたのであろう。
だから、一族家臣を統一させ、事に遭った結果、此処まで青木氏を生き遺させる事が出来たと見ている。この家訓3の理解が無ければ1365年も子孫繁栄は成されず、先ず他の氏のように消滅したのではと考える。
そして、その理解は「経験側」と「仏法の輪廻」の知恵から成したものであろう。上記する自然の摂理に叶っていたのである。つまり、我等青木氏の先祖はこの積分域に到達していたからこそ「主」としての孤独な思考が出来て、「衆生」を導いてき来たのであろう。

「思考評価例」
話を戻すが、この知識を下にせずに、中国の経済成長と単純比較して、”中国は将来日本を追い越すだろう”とする経済学者や政治家がいるが、この摂理の理論で見れば間違いとなる。
その者等の思考域は積分域ではないと言える。
中国のファンダメンタルは外資を頼りに伸びた故に日本より低い。又科学的にもない。
下限の限界能力での評価は、充分な分析史料はないが先ずは3-4%程度であろう。

中国はこの「変曲点」を越え、「積分社会」に入った時点で、その能力は明確になると観られる。それは4ー5年先の範囲であろう。現在は「微分変化」の社会である事には間違いはないだろう。

比例、即ち、「微分社会」が未来永劫続く事は物理的にあり得ない。必ず、歪み(オーバーヒート)が起こり破壊(バブル)する。
その内に、上手く行けば、必ず「変曲点社会」と「積分社会」が起こるが、まして、外資と共産国と他民族国家である。この2つの社会に移れるだろうかハンディはあり過ぎる。
このハンディを乗り越えられるかは、その「微分社会」の比例値の如何に関わる。
現在の「微分社会」は低い値の下限値に影響を受けている事からすると、何か大きな外部からの変革(産業革命のような)を受けないと可能性は低いと観ている。
もし、その影響を起す国があるとすると、多分、日米の何れかであろう。私は、日本であると考えている。
然し、日本も「積分社会」に突入している。苦しいが大きな鍵を日本が握っている事になる。
薬物やガス田などで逆らう中国はこのことを理解しているだろうか。

「積分社会の脱皮改革」

「下限の限界値ー微分曲線ー変曲点ー積分曲線ー上限の限界値」
この世の全てのもののパラメーターを曲線に現すと、「下限の限界値ー微分曲線ー変曲点ー積分曲線ー上限の限界値」に現す事が出来る。(応用物理学ではこれを「Sカーブ」と云う)
否、これ以外のものはこの世にはない。
あるとすると、大変な「世紀の大発見」である。ノーベル賞ものである。現在の物理理論ではエントロピー、エンタルピーの摂理理論に従っているが書き変えなければならなくなる。
つまり、言い換えると、この世の全てのものは、万事万物万象の何事に於いても、「下限の限界値」と「上限の限界値」とを持っていると言う事である。
従って、本来は正しく処理するには、本命である「微分思考」、「積分思考」が要求されるのである。特に、現代のこの様に社会の成長が進めば、むしろこの思考が必要である事になる。
しかし、その思考は遅れているか、時代性で欠けてしまったか、忘れられてしまったかのどちらかであろうが、私は歴史史実から遅れていると考えている。
何故ならば変化率の低い積分域の変化に入っているからである。
それは大きな歴史的事件(戦争の歪み)と、余りにも人間の進歩に対して、万事万物の摂理の変化よりも、相対的に科学的付加価値だけが増大した事に依ると見ている。
思考の意識がそこまで到達しないのであろう。つまり、余裕が無く成っていることを示すのであろう。
これは悪い事ではないと見ている。何故ならば、2000年代の産業革命的な変化の兆しを意味しているからである。
200年前の1800年代の産業革命時代も科学の進歩(科学的付加価値)だけが、同様に増大してたからである。

この様に、もし、人間の能力をこの理屈に当てはめると、成長が進み、変曲点以降、後になる程に「主」は負担が大きい理屈になる。指揮する者だけではない。される者も同じ理屈が適合される。
昔のサラリーマンより今のサラリーマンの方がこの摂理、理屈からしてハードであろう。
更に将来のサラリーマンはもっとハードと成る。例外ではない。
ただ指揮する者とされる者との負担の違いの差がある。イーブンでは無い筈で、だから指揮する者と呼ぶのだろう。同じであれば指揮する者と呼ぶことは同じだからない筈である。

「積分延命策の産業革命」
つまり、此処に来てその指揮能力が行き届かない事件が多発しているとすると、この辺が成長に対して、人間としての能力即ち、「上限の限界値」の限界に来ているのではないだろうか。
「人間社会の発展」に対して人間としての限界に来ている。自然環境も「温暖化」という事から見て地球が駄目になる所まで来ているとする例に示される。
そこで、何かこの「積分曲線」を「比例曲線」(微分曲線)に変える変化が故意的に起こさない限りに、この摂理は変わらない。それは温暖化の行く末に似て暗示している。

例えば、人間の知恵を最大限に伸ばして生き延びた「産業革命」のような出来事が、この世に再び起こらない限りに於いて「積分変化」に入り、延長は無くなる事を意味する。
一部に、医学界のES細胞や量子集積回路(CP)や宇宙産業の分野にその片鱗が見えてはいるが。さて、これが彼の産業革命のようなものに繋がるものか疑問点もある。
というのも、温暖化の「地球の存続」の問題や、上記の「科学進歩の片鱗」の偏り(日本アメリカに限定されている)はそのけん引役の「日本の積分変化」の社会に打ち勝つ事が出来るかに掛かっている。
そして、それは、この家訓3の意味するところの思考に、昔にあった思考の社会(微分社会)の蘇りが起こり、日本社会が入れるかにあると観ている。
しかし、兎も角は、時代は続く限りに、組織の「主」は依然として務めなくては成らない。
限界の「主」として務めなくては成らないのだから、この家訓3の昔の「主」と違い、更に上記する思考の革命に戻れるかにあり、その多くは「主」としての適格性を問われる事になると観ている。
この「限界社会」での指揮する「主」に課せられる思考(微分積分思考)はこの家訓3の意味する所となる。

「衆生の論」と「三相の論」(積分思考)
昔であれば、「微分社会」の緩やかに「人、時、場処」を思考していた指揮する姿は、「積分社会」の限界の時には、「人、時、場処」を思考し綿密に指揮しなければならなく成る事を、この家訓3は示すものである。
それだけにこの「三相」の重要性が増す事を意味する。
そうすると、当然に、この「三相」の理解の仕方如何に関わる事になる。
昔であれば、一次一局の単純明快な勧善懲悪で考える「三相」が、複雑極まる善悪で「三相」を考えなくては成らない。
況や、「微分思考」と「積分思考」(下限の限界値と上限の限界値)、更に「変曲点思考」の考察が要求される。

この様に、今はマスコミなどでは、単純思考(微分思考:二次元思考)即ち、「衆生の論」でものを評価思考しているが、今の社会では、正しく、且つ、間違いなく処理するには、「変曲点思考」や「積分思考」でものを判断する力が必要になると、平易な表現ではあるが、口伝や遺蹟文面から解釈すると説いている。

西郷隆盛は「女子と小人は養い難し」(衆生の論)と同じ事を言い遺している。
明治初期から観ると、江戸期3百年の安定期は積分変化の社会であったと観られ、その後に上限域末端期に入って日進日露から始まり第2次大戦等の戦争状態となったと見られる。
その直前の西郷隆盛は、この明治初期の時代(積分社会の特徴)の「衆生の論」に遭遇したと観られ、時代の「主」として苦しい孤独の立場に追い込まれてこの発言となったと見られる。
この言葉で通ずる様に、この時の西郷隆盛は「三相」(三相の論)をベースとする「5つの変化」の変化毎の「三相の思考」で判断していたのである。

この事は此処で言う家訓3が今にも通ずるものであると考える。

「正しさ」の理解
そこで、この上記の思考原理で行くと、問題に成るのは「正しき行為」とは何ぞやとなる。この理解に関わる。
普通の家庭として観た場合に、「衆生の論」である一次一局の感情的「勧善懲悪」だけを意味する「正しさ」では無く、子孫を遺し、滅亡を避け、「生き抜く」という目的に向かって、それが達成されたとき、その行為は「正しい」とする事を意味しているのではないか。

現代社会に於いて、「社会の付加価値」が進み、人の成す「行為と行動」は変化して、一次一局の「正しさ」は必ずしも、誰でも、何時でも、何処でも「正しい」と言うことでは無く成っている。
その事が社会の物事に増えているのではないか。

”「悪さ」がむしろ「正しい」という事の方が結果として良い。”と云う事象が多く成っている気がする。
「衆生の論」の一次一局の「正しさ」は「間違い」とは云わないが、「悪い」と云うことが多く成っていると考える。
この判断力は「積分社会」に入れば、その変化率の低さ(一つの事に敏感)から益々増大する筈である。
(微分社会では変化率が大きいので、少々のことも吸収して増大する勢いがある)
簡単に云えば、「積分社会」においては、その吸収力のキャパシティー(上限の限界値がある為)が小さいので、”「主」が思考する「正しさ」とは、「一次一局の感情的正しさ」であっては成らなず、摂理「5つの変化」の見極めの思考と「三相の論」であるべきだと”という事であろう。

(仏法「三相の論」は、「衆生の論」を対比させてのものであるので、この摂理「5つの変化」見極めの思考を含んでいる事にも成る)

これは、情報メディア-が取るどんなアンケートにも現れている。”どちらともいえない”と云う回答が30%以上を常に占めていることである。これは”「一次一局の正しさ」では判断できない”と応えているパラメーター(証拠)であろう。
この様に、「衆生の心理思考」が知らずがともに、「積分変化」の社会にある事を無意識の中で変化して来ている事であろう。
この傾向の増える事が、”衆生の多くは積分思考に入った”と認識するパラメータと観るべきであろう。
私は、誰でもが同じ方向を向いている「微分社会」よりは、「摂理理論」でみれば、この方が良い傾向に日本の衆生意識は傾いていると見ている。

上記のような列記した歴史的死闘事件や戦乱や、はたまた「伊勢一向一揆」や「三重大一揆」の紙屋青木長兵衛の背後での関わりを、勧善懲悪論で「悪行」とするのか「正行」とするのかは、その思考の如何であり、「衆生の論」の一次一局の思考の表面的な評価より、「三相の論」(摂理5つの変化含む)の人の営みから観た綜合的(多次多極)な評価が要求される事を意味しているのである。

その時が良くても、結果として、弊害になるという事はそれは正しくなかった事を意味する。「三相の論」を元にした「判断力」とは、この事が大事であるとしている。
これが直接的に戦い生き抜いてきた者が成し得る思考であろう。

究極の全ての「良悪の評価」は「子孫を遺す」と云う人間の目的を成し得て初めて意味を成すものである。
子孫が滅亡しては良し悪しどころの話ではない。人が居てこその「良悪」である。
それでなくてはこの長い年月を子孫を遺して生き抜いてくる事は不可能である。
判りやすく云えば、若干の誤幣があるが、「机上の論」や「学者論」、砕いて云えば「お手繋いで幼稚園の論」や「ホームルーム論」や「耳ざわりの良い論」であっては成し得ない事を意味しているだろう。
(現在のマスコミはこの傾向が強い:「衆生の論」)
従って、この「主」の意味する所の指揮能力、即ち、換言すれば重厚な判断力を保持する者でなくては成らないのである。
しかし、この場合はこの思考が下の者にも共通する思考ではないことを心得るべきとしている。

つまり、当然に「主」として此処に含まれるものは、「孤独な思考」であり、それに耐えられる「精神力」が要求される。
そして、衆生は安易なその場だけの「勧善懲悪論」である。最終的で複合的な目的の「良悪」論では決して無いことを知るべきであるとしている。
決して、「衆生の論」ではないことを意味している。そして、これを成しうる事が出来る者が「主」であるとしている。

「主」の質は「三相」の訓練
そこで、何故に、「衆生の論」では「主」ではないのかと言う疑問が出る。
それは、思考の中に「三相」の有無が左右していると云うのである。
つまり、「衆生」は兎角、「人間の性」、即ちその場の「感情的思考」に左右されての論であるからだ。感情論では瞬時的なもので、上記の混乱の中から生き延びてくる事は不可能である。
「感情的思考」はその感情を越えることが起こると人間の脳の思考は止まる。況やパニックである。これでは子孫を遺す事は出来ない。
そこで、”「主」とする者は、「人、時、場処」を総合的分析して、その事に対して瞬時に思考できる能力を着けよ”としている。しかし、”その「主」の質は直ちには得られず、「主」としての「訓練」に委ねよ”としている。

例えば、上記の様な「5つの変化」の中の戦乱の中で、”「人」は適切なのか、「時」は適切なのか、「場処」は適切なのかの3つの要素を考え合わせて、結論を出せ”としている。そして、”その思考を常とせよ”としていて”訓練せよ”としているのである。
これが「主」としての資格であり、この訓練のできる資質の有無があるので、出来ない者は「主」と成ってはならないとしている。つまり、資質のない者が「衆生」であるとしている。

そして、「三相思考」を、それは「衆生の思考」(感情的思考)ではなく、上記の「孤独な思考」を導き出す”「正しき行為」の基準とせよ”としているのである。
これを獲得できる「主」は「人としての目的」を達成し続ける事の出来る者であるとしているのである。

「積分変化の現代」
現在の世の中は、上記した「積分社会」の中で、この「主」としての資格を保持していない者が組織の上に立っている事から、物事に行き届かない社会現象が生まれているのであると観ている。
これが、「微分社会」であれば、その「成長出力」が強いことから、これでも「主」の資質の無い者でも何とか成る程度の社会である。
私は、現代は、「積分社会」と観ていて、人としての「資質の限界」に来ていると観ている。
それは「積分」に「相当する進歩」と「科学的付加価値の急速な増大」で起こっていると観ている。それを越える者が少ない事を露見している。
故に、この様な環境の中では、無意識的に起す人間の性(さが)で、無難にこなそうとして、人は、組織の「主」として選ぶ方法を自らの仲間うちの「仲良しクラブ」的選択から選ぼうと走る傾向が強くなるのが自然である。それが現代社会の歪みでもある。
「主」としての資質のある者を選ぼうとしていない社会となっていて、頻繁に倫理に欠ける事件を起しているのであろう。
「微分社会」では、社会の中に主としての「潜在的資質」を保有する者の量で、充分にこれに対応できていたが、しかしながら、「積分社会」では、、「主」条件の”その思考を常とせよ”としていて”訓練せよ”の事のより強い「訓練」をより要求される社会と成っていると見ている。
現在の日本は、その「微分社会」と「積分社会」と混在し、「積分社会」にやや入って変化して行く基点域(変曲点域)かやや入ったところに来ていると観ている。

故に、この家訓3の意味する所が大事となる社会と成っていると考えられる。
これは、企業の中や社会の中での指揮する立場の者に要求される資質であるとしている。

家訓3は青木氏の家訓として遺されているので、その生活環境と子孫の存続の範囲としての維持訓に過ぎなくなっているが、現在社会にも適応される大切な思考ではないかと考えている。

「結論」
纏めると、何はともあれ、家訓3は、”「主」としての「資質の確保と訓練」を怠らず、その基点となる「正しさ」は「衆生の論」に左右されず、多次多極での実質的正しさを極め、その思考は「5つの変化」の夫々の特質に対応して「人、時、場処」を以って事に当り処理せよ。”と説いている。
さすれば、”本来のあるべき適時適切の正しさが求められて、人本来の人生の目的の幸せは確保できる”としている。
そこで、”その思考の原点を「自然摂理」に基づき、「下限限界ー微分思考ー編曲思考ー積分思考ー上限限界」(5つの変化)に求めよ。”としている。
”衆生の所以でないが為に、「主」は孤独である。故に、この思考と共に「訓練せよ」”としている。
”その質に在らず場合は、「主」に留まらず速やかに辞せよ”としている。

家訓3に付いては、「結論」に示す通り、「事の処理」に対する思考原理で、重心を下げた「自己形成」の基盤となると考える。

注釈
伊勢青木氏家訓10訓は、祖先の時代に交流があり、同じ境遇にあったと観られるところから、共通する5家5流の家訓とも考えられる。
この家訓は伊勢青木家の口伝と先祖の忘備禄なるものに伝え書かれた説明をもとに解釈し、筆者が現代の自然物理学の摂理とその経験で習得した同様の論理を加えてより判りやすく説明したものである。

この「思考を獲得」して「自己形成」により「時局」を違えず、「人の幸せは一定で絶対値があるの論」(青木氏の幸せの論)から「幸せ」を減少させる事は少なくなる。即ち、「幸せ」多く確保する=「子孫繁栄」の理屈が生まれる。
この「幸せ論」は別の家訓10で説明する。

以上 次は家訓 4である。
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温暖化の裏話

温暖化の裏話
(Co2説の勘繰りとアメリカの苦悩)

「温暖化」に付いては、「温暖化の疑問」でレポートしているが、このレポートの中ではCo2説にCo2の特性から見て理論的な疑問が多くあると述べている。原因は「人口増加に伴なう地軸の変化」で温暖化等に依って起こっている全ての現象を理論的に説明できるとしている。(人口問題が大きな鍵であるとする説)

そこで、ここでは、矛盾や説明のつかないそのCo2説が何故に強調されていて、反論が少ないのかなど疑問が残るので、それを検証してみたい。(散文的に記述。)

確かに、アメリカの副大統領のゴア-氏の「温暖化」の貢献でノーベル賞を貰ったが、この事に付いて欧米の専門の科学者から異論が出されて、ゴア-氏の映画出演の行為等を批判している事は確かである。

そこで、私も同じ意見であるので、それをいろいろな面から披見させたい。

このCo2説を強引に誘引している問題は、アメリカにあると見ている。
その根拠として、次ぎのことが考えられる。

1 化石燃料(石油)が38年で枯渇する事。
2 アメリカ経済が行き詰まりに来ている事。
3 アメリカの世界に対する勢力に対する陰り。
4 オンリーワンのアメリカから中国、インド、ロシアの台頭に対する懸念。
5 紛争などを見るとその世界の政治的バランスが崩れ欠けている。
6 アメリカは環境問題での非難の集中をそらす必要がある。

以上等の世界状況の中で「温暖化」に付いては考えられている筈である。「温暖化」だけのテーマだけではない。

アメリカがこの様な状況に陥っているとすると、アメリカの国力或いは世界の政治バランスが崩れる可能性があり、由々しき事であり、アメリカとしては世界に対して当然に何らかの手を打たねば成らない筈である。

つまり、アメリカの権威が低下する事になる。もし、これ等の事が「悪のスパイラル」に陥るとすると、この事で世界の政治、軍事、経済のバランスが崩れて、世界に「騒乱状態」が生まれる事は疑う余地がない。必定事である。
そこで、上記の懸念材料を検証して見ると、アメリカの現在の立場が判り、その結果、対策の一つとしての「温暖化問題」のCo2説の誘引説が見えてくる。

もし、1番のことを取り上げても、化石燃料が38年で枯渇するという事が起こる事さえでも、「騒乱」は間違いない。
世界の国々に燃料が無くなると、生活程度と科学文化を元の原始社会に戻す事はあり得ず、必然的に各国の死活問題となり、その行動は経済力と武力による争奪戦へと発展する。
既に、アメリカの石油資本は世界各地で石油に変わる代替エネルギーの買占めに入っていると言われている。
多分、「話し合い」での争奪戦どころの話では無い。当然、自国民の死活問題であるので軍事力の背景を持って解決しようとするだろう。
そのためには政治と軍事のバランスが必要になる。
アメリカに限らず、中国だって同じた。中国は軍事力を上げている。台湾問題だけではなかろう。
台湾が独立することで軍事的解決だけで済ます事は出来ない。この場合は牽制策として用いる事に成る。同一民族に対して軍事力で解決は犠牲が大きい。多分、香港の見本に見られる様に、政治同一経済独立方式を採る事は間違いないだろう。
中国人というのは古来より過激な行動は採らない人民である。中国は多民族国家であり、毎日200位の騒ぎが村や郡単位で起こっているという。そう云う中で台湾に直接的攻撃をして戦争状態になれば背後が危ない。
中国の政治体制は統一国家とする場合、三国史の物語の通り、共産国家でなくては持たない国なのである。

つまり、この様な条件から他国(アメリカ)が介入しない限り軍事力は抑制力として使うだろう。アメリカは中国を認めている。しかし、本音は経済的にアジアで第2、3位の経済力と近代性を保持している台湾である。大事になるとアメリカとしてもアジアの政治バランス関係から見放す程の無関係ではなく得策ではない。
この様に、中国の軍事力の増強は、38年後までの近い将来に於いて起こるだろうと考えられるエネルギー争奪戦に控えた増強である事は間違いない。ロシアや北朝鮮との国境紛争にではない。

現に、日本の200海里線付近で、化石燃料となる天然ガスの採掘を強引に行っている。
このガス田を護る為には軍艦を廻す必要がある。しかし、それは出来ない。日本の領海を通過しなくては成らない。
日本がこの様な公然と軍艦がガス田を護るための通過行為を見逃すわけには行かない。
だとしたら、潜水艦である。現実に潜行息の長い原子力潜水艦が横行していると言う。
軍艦や潜水艦の通行を確保する為の硫黄島付近の中国の領有権の主張もこの一環であろう。

中国ガス田開発の領域から北に進んだ千島列島までのライン上にもガス田が広がっている。中国の様に強引にではなく、これは日本とロシアが大共同開発で解決をしている。そして、都市圏に運ぶプロジェクトが進んでいる。(今だ北方四島はとられている中で)
中国は、経済成長をエネルギーの面で支える必要がある戦略の下で、単独でアメリカの採掘企業と提携して堀進んでいるのである。(一度は採掘企業が手を引いたがまた採掘している)
中国の経済成長を支えるにはこのエネルギーの確保は最大の政治課題である。「38年枯渇」の石油には最早判っている以上は頼れない。
ロシアは今は自国産油の石油の利益で国力を高めているのである。これからの38年は莫大に石油利益が上がるであろう。
それにとりわけ、中国には化石燃料の資源は少ない。枯渇期には同じ政治経歴を持つ中国とロシアとの政治バランスが大いに崩れる恐れがある。(ロシアには科学力と資源物量がある。この事で中国は苦しい立場になりハンディとなる。)

この様に苦しい中でのこのガス田は、科学力に頼れない中国の国の「生命線」と成っているのである。「国の生命」を護るには「軍事力」でしかない筈である。
ところが、これを押さえたとしても、中国に更に大きなウイークポイントが2つあるのである。

先ず一つは、現在の経済成長の内容である。

中国の経済成長は60%弱の外資に依って成り立っている。この内、日本の外資は現在、毎年25-30%の引き上げが起こっているが、まだその内の40-45%は日本の外資である。つまり、中国の経済の25-30%を日本の力が占めている事になる。3年前の一時は60%にも成っていた。
中国の経済成長率は最新では11%程度であるが、この実質は日本資本抜きで7%となり他の外国資本を差し引くと5%程度と見られている。
(この為、中国は焦った。実績のある上海市長を抜擢し商務の責任者にした。この責任者は日本資本の引き上げを懸念して日本重視の提言をした。トップはこれを採用した。ガス田で中国は折れてきた。)
つまり、この数字の物語るものは、中国独自の経済力は外国の資本を引いた場合、40%程度以下となる。
そして、その40%の技術力はその40%の半分程度の20%程度と見られている。
この数字から見ると、3年で20%低下したのだから、後2ー3年で中国の40-45%の日本外資は無くなると見られる。
この時期はオリンピックと万博での建設ブーム景気が終わる頃と符合一致する。
殆ど中国経済は外資とオリンピックと万博で支えられた3バブルである。

この「附合一致」は一体何を意味するのか。
先ず、中国は共産国という認識を念頭に考える必要がある。
3つのうちの2つの企画は国が行うプロジェクトであり、この周辺に住む250万人の住民は全て立ち退きで、この為に、住まいとして団地を作る必要がある。限定した私有財産しか原則として認めていない中国の国が作り出した建設ラッシュである。自由主義陣営の民間の需要に支えられたラッシュではない。
明らかに、100かそれ以上の速度で走った経済は自国力40%の経済の作り出された落差とでボトムが必ず来る。つまり、バブルである。
そのバブル後の中国は石油枯渇が絡みかけているのである。
どのように成り、どのように出るかは目に見えている。頼るは、経済(バブル)でも無し、政治(共産主義)でも無し、最後の切り札の軍事力の背景しかない筈である。

比較として、日本のS30年頃から始まった経済成長は独自の開発力がその成長の鍵であったし、その鍵で、現在、アメリカの基幹産業の綜合産業の代表の自動車産業もGMに追い越すほどのトヨタであり、ヘルメットから始まりテレビ、電算機までアメリカのGEを始めとする電気産業を踏破したで家電業界であり、尚も現在にも於いて続いている。
日本の成長はこれ程の中国の外資の力程ではなかったから、脅威の経済成長を遂げたのである。中国と根本的な違いである。

では、”何故に高速で走ったのか”である。
日本が中国に投資する理由の一つは人件費である。約10倍の経済力の差があり、中国で作り、日本に運んでも利益率が確保できる算段でこの数字が成り立っているが、年25-30%の日本への引き上げ理由はこの差が成長で縮んでいることを意味する。また、資本投資して軌道に乗ると工場の設備をそのままにしての強引な立ち退き命令が乱発された事も一因である。
筆者の勤めていた会社もこの破目にあった。最新鋭のマシニング加工機10台をかすめとられたのである。
ここで、日本外資が引き上げた場合は、下駄を外された中国となろう。それどころでは無くなる。
経済成長を遂げると云う事は、元の為替レートの変更を余儀なくされる。益々と外資は引くであろう。
技術力の物真似で逃げると云う事が出来るとして40%の力が為替力で低下して30%ともなる筈である。
その様な国力でこの高速経済は持ち応えられるであろうか疑問である。中国経済バブル崩壊となるのだろうか。少なくとも、MAX18%もの高度成長率のツケは経済法則上で考えられる事は例外なく起こると見られる。

それでなくても、この「エネルギー問題」を抱えているのである。つまり、本題の「温暖化」と言い換えても良い。
もし、ここで中国経済が上記の検証から止まったとして見ると、「エネルギー問題」の消費力は低下して、「温暖化」は一呼吸つけると見られるし、人口増加の世界人口の10%を占める中国には歯止めが効く事になる。
当然に、中国を最大貿易相手国としているアメリカとしても大打撃を受けることは必定である。これで温暖化主要国の2つ国は低下する事に成る。

もう一つは中国の政治体制の共産国である。経済体制は資本主義で政治体制は共産主義である。矛盾がある。
「中国経済バブル崩壊」又はそれに近い状態と成った場合に於いて、共産主義は維持出来るであろうか。
年間200件も起こっている暴動や乱が大きくならないだろうか。現在は映像でも見たが暴動は殆ど射殺であるという。
こうなると、経済政治共に台湾問題どころの話では無いであろう。

なんとしても維持しようと出る筈である。その生命線は上記した様に「エネルギーの確保」に掛かってくる。
たとえ、40%程度の経済力でもこの「エネルギーの確保」さえできれば、生き延びられるし、大きくはならない計算となる。
その「エネルギー問題」は下記に例をあげるが、先ずは中国としては高度の無公害のエネルギーよりも、当面、枯渇する化石念燃料の石油に代わる代替の天然ガスであり、直ぐに対応が可能となるエネルギー源である。

日本やアメリカや先進国は高度の無公害エネルギーで対応して生き延びようとする筈である。
中国は外資の影響の強い経済体制下では無理である。

この天然ガス田開発はこの問題を抱えての開発の背景がある。だから、死活問題であるから軍事力なのである。
中国にしても、日本の経済力と技術力には(経済成長と成長に伴なう生産と公害を改善する技術)喉から手が出るほどに欲しい筈である。そこにこのガス田の取り扱いを間違うと日本の支援は困難となり難しい背景を持っている事を知っている。
ガス田問題の最中に、ロシアからロケットとその衛星システムのノウハウを受けて打ち上げたが、この目的も下記の高度な新システムを(アメリカも出来ていないハイビジョン技術など)日本から支援を得て獲得しようとする現われでもある。
今から打ち上げても低い技術力では大したデーターは得られない。学問的、科学的データーならアメリカや日本からも取得できる。国民の意識の高揚を図ったとしてロシアの技術であり上記の事で大した事は無い。目的は高度な新システムである。

検証する面を変えて、私は、日本のテロの対策として、インド洋域の燃料供給の問題も裏にはこの戦略があると見ている。
この領域に日米が軍艦を廻すのは、同盟国との洋上訓練と中国へのこの領域への牽制でもあると見ている。
ただアフガンのテロ支援や日本の喉元と成っている石油搬送ルートの警戒だけではない。
中国の潜水艦や軍艦の軍事力がここに出てきてその影響力を独断的に行使されると、日本とアメリカにとっては好ましくない戦略となる。アメリカはアジアの軍指令を日本に移してきたことも、沖縄の軍をフィリピンに移すのも表向きとは違う38年後を狙う裏の戦略(中国の封じ込め)がある。

中国が軍事力と経済力がこの地域で拡大するのは好ましくない。何せ共産主義である。
それには、アメリカにとっては軍事的に日本の海軍力がこの域で拡大して欲しい。それには関連国の軍隊との訓練が必要である。これは、38年後の近い将来、エネルギー問題(枯渇と温暖化)で、軍事的戦略の影響力が大きく左右する時期が訪れるからである。
イージス艦の情報漏れ問題もこの延長上にあると見ている。イージス艦の能力が将来の軍事力の決め手となるからである。
その最も優れている国は日本である。日本で製造する日本のイージス艦の性能と能力は段突であるからだ。
先日のハワイから打ち上げたテストミサイルを日本のイージス艦からの迎撃ミサイルで打ち落とし成功したことで証明している。
この性能を誇る成功は、北朝鮮への抑止力にもなるが、私は北朝鮮はジリ貧であり、中国の北朝鮮への牽制もあり、日本に撃つことは無理であろうと考えている。撃つような姿勢が見えれば、動きがあれば、事前に中国が侵略して北を押さえるであろう。
でなければ、難民などが押し寄せてくる。この例は西ドイツが東ドイツの崩壊で経済的に著しく苦しい状況となった事でも判る。今だ、ドイツはこの政治と経済の後遺症に引きづられていると言われている。
中国は上記した国内事情にもある中で、この様なことが起こった場合、政治的には国内の大暴動の引き金にもなり、経済バブルも起こりかねない。
資本主義のドイツはこの程度で済んだが、同様に同じ事が起こり中国が大変な事になるし、アメリカの北への侵攻の口実ともなれば、戦略上のバランスは崩れ、好ましくない体制が生まれる。一つの生命線でもあるのでアメリカが侵攻する前に情報を得て中国は絶対に押さえてしまう筈である。北朝鮮の北部は高句麗(後漢)と言う国であった。このことを全面に押し出して口実として侵攻する筈である。
北朝鮮に関しては、経済的圧力によりジリ貧とし、核とミサイルを撃てないようなところに追い込む戦略が最も確実でリスクの少ない方法である。核とミサイルの維持には管理的に莫大なコストが掛かる。今やもうその能力は無いのではないか。

この様に、一概に「温暖化」と言っても裏には軍事、経済、政治の裏がある。

この裏の背景を念頭に「温暖化」の「エネルギー源」の問題の検証を試みているが、そうすることで更に別の面が見えてくる。
「エネルギー源」に於いて、戦略的に、現在、それに対応できる総合的能力を持っているのは今や日本とアメリカであろう。
世界第2位の経済力と世界のトップの科学開発力と世界実質第2位の軍事力である日本はその力を持ってこの問題の解決に当るであろう。この2国は2国だけの熱源確保は世界の政治不安定化を招くだろうから、地固めのできる程度にゆくゆくはG7(ロシア除く)に慎重に火種を起さないように移転して行く事になろう事が予想できる。

その軍事力の切り札を証明する出来事が起こった。
先日のアメリカのハワイ沖から撃ったテストミサイルを日本のイージス艦から迎撃して打ち落とした力を見て世界の各国はここまで進んだ軍事力を持っている事に驚いたであろう。第一アメリカ自身も複数回のテストで一回だけしか成功していないのに、それも洋上でイージス艦でのことである。諸にアメリカが驚いているのではないか。
何せ世界で唯一4つの高性能の偵察衛星の持ち主の日本が、この進んだ迎撃技術を会得したことは偵察衛星と組み合わせればこれに追随できる国は無い。

この情報偵察衛星の情報はアメリカに提供している。この打ち落としたイージス艦の保有は、スペイン1隻、アメリカ24隻、日本6隻(更に超高性能4隻が日本の造船技術で追加造船されている)であり、先ず、造船技術とその建造費で保有できる国は少ない。これからは科学の集積イージス艦である。空母や原子力艦ではない。
この事はアメリカとして同盟国がこの様な力をもつ事が出来た事は、上記の1から5としての問題での手段の一つとして軍事力をここまで補完できた事で「熱源」のアメリカのハンデイを克服できる材料になるであろう。

そこで、エネルギー源には沢山あるので、取り合えず最も熱源として使用されている「発電」と言うキーワードで更に検証して見る。

「エネルギー源の種類」
従来の方式としては①水力発電、火力発電、天然ガス発電、現在の方式としては②原子力発電、最近の方式としては③風力発電、ソーラー発電、 次世代の方式としては④水素発電、エコ発電、未来の方式としては原子力に代わる⑤太陽レザー発電、etc.に分類できるだろう。

「水力エネルギー源」
従来の発電①は何処でも設備されている汎用方式であるが、これらは自然環境に大きく影響を与えている。現在の温暖化の原因とも成っている。

「火力エネルギー源」
水力は山林を壊す事から自然を広範囲で破壊する事で好ましくない。火力は火力の燃料として化石燃料を大量に使い、更に上空に公害物質を撒き散らす事に成る。何れもCo2の排出の根源である。

これが、温暖化の主原因説に利用されている本題である。

「天然ガスエネルギー源」
天然ガスはメタン(CH4)などを海中などから汲み採っているが、このガス源は地域的に限られている。
国際紛争にも成り、化石燃料の石油に代わるものとして注目されている。しかし、これもロシアなどの数カ国に利権が集まり世界の勢力バランスが変わる熱源として警戒されている。

これ等の設備は世界のたったG8国程度の開発能力に限られている。世界の汎用熱源とはならない。
つまり、化石燃料の熱源が枯渇するとその解決策にはならない。この二つは先進国の熱源にしか成らない。
中国はこの熱源の掘削に取り組んでいる。インドネシアやロシアなど多く産出するが、アメリカの熱源資本は世界各国で試掘して次の熱源とするべく懸命に成っている。日本もロシアと共同開発しているし、日本200海里経済区域の中国のガス田付近での試掘権を設定しているが、中国問題が出て国際紛争を避ける為に休止している。
中国潜水艦がガス田付近を潜行している様に、政治問題と軍事バランスの問題を一番はらんだ熱源である。

「原子力エネルギー源」
現在の発電②の原子力は熱源効率が良いが、放射能による危険や核爆発の危険や、軍事力の核兵器の転用による飛散問題が起こっている。その飛散防止の大きな要素として、三次元測定器と言うものがある。これなくして核爆弾は造れないのである。殆どの人は馴染みが無いので紹介する。
被検体を三次元的に測定が出来、それを数式、立体図表化出来て、超高度な計算が高速で出来て、瞬時に高度の確率や統計などの計算の出来る優れもので、最高のものは人間の知能の能力をはるかに越えている優れものである。最高機では世界に10台程度(日本で5台)で操作できる人は数人と居ない。これを操作解析できる者は高度な金属冶金などの応用物理、数学、統計、電子、CPソフト、の高度で幅広い工学と、CPで動くマシンニングの加工技術の熟達した習得と、その測定器機の高度な操作技術を習得している必要がある。
完全に使いこなせる技術者はアメリカを含まない日本だけに存在する者であろう。何故ならばこの条件の中にはアメリカが不得手としているものが多いからである。私の現役時代には日本のこの器機を完全に掌握している技術者は3人程度であった。外国にある器機では器機を操作だけはできるが解析は出来ない者であった。
そして、22度50%の恒温恒湿室で無埃無菌無振動の大部屋中にコンピーターがびっしりと設備され、コンピーターの中に人が居るという感じである。測定のエラーは実効値で10万分の1と言うものである。
核弾頭は八角形の筒の壁に電気衝撃を加えるガンを取り付けるが、この壁の穴の位置ズレと角度に小数点以下6桁のエラーがあってはならないのである。筒の中央の核物質に同時数万ボルトの衝撃を加えることで核爆発は起こる。一つでも狂えば爆発しない。その筒をこの測定器で統計分析や誤差の場所の特定とかエラー部の形状などを調整しながら製作するのである。
この測定器は日本の独断場で2つのメーカー(N社とT社)で、汎用(N社)とは別に、この超精密機は1社でしか製造できない。
日本のこの測定器が無ければ原子力設備や核弾頭はつくれないのである。
しかし、核兵器は世界の軍事バランスの崩壊と人類の滅亡の危険をはらんでいる。ところが、一つの日本メーカー(N)は汎用機の密輸で捕まったが今だ闇のルートがあるらしい。
(北朝鮮の核弾頭製造技術の実現はこれらの理由から先ず無理であろうと考える)
これが、現代の最大の世界政治の最大の問題である。

「風力エネルギー源」
現在の設備中の方式として、③の風力はあるが、熱源保持にはばらつきがあり、汎用方式とならない設備である。Co2等の自然に対する公害が無いとしているが、騒音公害が起こっているし、これも先進国程度のものである。仮に援助による仮設としても架設費用は莫大でそう大きくは進まないだろうし、補助的方式と見られる。自然の環境が左右して何処でも設備できる方式ではない。

「ソーラーエネルギー源」
ソーラーは開発途上であるが、現代は発電能力が低いし、自然気象でのバラツキがあり、それを直流から交流に変換する設備費用が掛かりすぎる問題も持っている。
世界が汎用的に使う方式ではなく限定した目的での方式と成ろうし、先進国の方式であろうし、補助的で限定した領域に使用されるものと成ろう。

補助的、限定的なものとしてのものであり、政治課題にはならない問題である。

「水素エネルギー源」
次世代の方式の④の水素発電であるが、無公害で、危険性が無く、無限的方式であるし、設備は大きくはならない。
未来の汎用熱源として期待されている方式である。何処にでもある水資源を活用すれば熱源として活用できる便利なものである。
水素と酸素を反応させる時に出る熱を利用した熱源であるので、リサイクルが簡単である。何処の国でも出来る汎用方式として現在の水力でローターを回転させて発電する方式から、水を分解し再び反応させる事で直接熱源とできる。
水資源は地球80%を占めているし、分解であるが為に水はクリーンになるし、開発リスクは少ない。最後はコストのリスクの解決となろうが、もとは自然の水利用であるので、解決は現在の水力発電をこの設備に置き換える事も可能であるので現実には問題は無い。
ただ、問題とするのは原理は百解でありプラント開発力に関わることであろう。
そうなると先進国のその意思の有無の動向とその能力となろう。

汎用的方式として期待される方式で現在、経済ベースに乗せる研究が先進国で進められている。近い将来、生産プラントは完成するであろう。

その完成で開発した国がその利権を握るものとして注目されている。

「エコエネルギー源」
エコ発電は植物の熟成過程で起こる植物性エチ-ルアルコールを利用して石油と同じく発熱源として利用する方式である。
植物の否利用材を活用する事で可能になり、無駄のないリサイクルの典型である。
熱源過程では正常な燃焼過程を踏めばCH3CH2OHであるので完全に分解熱源化する為に公害は出ない計算に成る。

つまり、木材や果実や他の植物の使い済み物、或いは切れ端等を粉砕して酵母菌を加えて熟成させて、この時に醗酵する発生Co2を分解させ、果糖化させ、ブドウ糖化し、最後にアルコール化するという酵母菌による糖化現象を利用しての方式である。即ち、酒類などの「醸造過程」を利用している事に過ぎない方式である。
問題は、その原材料の選択と、その粉砕の研究と、その原材料の醗酵率の問題とである。
原理は古来からの方式であるので問題は無い。システムプラントを作る事に過ぎない。

仮に、この日本の各地で行われている各種の上記の方式のテストプラントが、現実化して生産過程に載せられる事が出来れば自然に対して実に易しい無駄の無い夢のある方式である。
エチールはメチールと違い動物に害は無く、酒類の中にあるアルコールである。
これを燃料にするのであれば問題は無い。

ただ、この方式による現在の使用分全てをこれ全てに代替すると言うことは困難ではないかと考えられる。
逆に、無為無策の状態で否利用材を使うという事であれば、絶対燃料を賄う為にこの方式の為に有利用の食物までも使うという現象が生まれることが考えられる。そうなっては元の木阿弥である。
生産過程のこのため用の植林、又は農園を作り栽培し、既に枯渇した自然をより豊かに戻し、そこから計画的に醸造過程に移す方式であればリサイクルは可能に成る。当然人口増加に伴なう増加の炭素酸化物はトータル的に出ない。

この方式は極めて世界各国の全ての国々の汎用的方式となろう。
むしろ、先進国の熱源確保の為に枯渇した自然を開発途上の国々は取り戻せるし、生活環境のレベルに向いている方式となる。
しかし、これは一重に日本、アメリカの科学開発力に関わることでもある。とりわけ日本の相肩に関わる技術である。
アメリカは直接穀物から栽培しての方式であるので、否利用材の開発はあまり進んでいないのが現状である。
直接栽培方式では結局は耕地面積の専有が起こり、その穀物の他への利用の分に影響を与える事になり、結局、別の形で「害」を生み出す事に成る。現在のトウモロコシの例に見る。

そこがアメリカと違う日本の科学力の優位性なのである。日本に期待される問題である。
その完成で開発した国、即ち日本がその利権を握るものとして注目されている。

「太陽レーザー熱」
さて、日本に於いて革命的な大変な技術が発明されたのである。
恐らく「21世紀の大発明」と成ろう。物理学のエントロピーとエンタルピーの定理がある意味で根本から覆される発明である。太陽がなくならない限りはこのエネルギーは枯渇は無い。
そして、その効率はこの設備の1基分が原子力の4基分に相当すると言うものすごいものである。全く危険は無く、無公害である。
これは日本の科学総合力の優位性がもたらしたものである。

では、その「21世紀の大発明」とはどう言うものか説明する。
太陽は物理の原子周期律表(109元素)に書かれている物質が核爆発を起してその熱を生み出している。その時に発する振動波が地球に届き色として発し、その時に出る「光子」が飛び散りそれが地球まで届いている。
そして、「光子」(光のもと:光の粒の元:原子と同じ扱い)は3*10の10乗の速さで飛来し、物体に衝突すると熱として発する。
その熱は太陽の表面の温度ではその光の強さとして表現すると6000ケルビンである。余りにも温度が高すぎる為にケルビンと言う単位で表現している。それでは判り難いので、ほぼその温度は6000-7000度C程度とする。これが地球に光子として届いている。
太陽は核爆発で最終は鉛となり放射能は無くなるが、当然、放射能も飛来して来ている。この放射能は地球に取り巻く3層の成層圏(0-95K、95-500K、500-1000K)にて遮断されて地球上に住む生物に支障が無い程度に弱くなっている。
この飛来した「光子」を地球で捉えるのが、光(光子)に反応して電子を発する半導体を利用した「ソーラー発電」である。
この方式は直流であり、低圧であるので交流変換と変圧が必要になる。変圧は12Vからの変圧であるので10ー20倍の変圧率となり、コンバーターとトランス上の設備が大きくなるので、これで以って配電するのは困難となり、論理的に局部的な使用の限界が起こる。
しかし、これでは上記したように、完全実用には課題が多く、限定した部分利用となろう。汎用的ではない。

これを解決したのが、「21世紀の大発明」である。
これを仮に簡単に表現する為に「太陽レザー発電」とここで代名詞をつける。

最も、この方式はつい最近にその原理によるプラント設備の成功が成されたのである。まだ、数ヶ月も経っていない。
そして、これは、日本のロケット工学の実用に成功した事による。

宇宙開発機構から三菱重工業が引き継ぎN型ロケットの実用衛星の成功に繋がっている。
昨年、やつと4基の情報偵察衛星の失敗なしの打ち上げに成功して、世界のロケット産業の遅れて仲間入りをした。
実は2基打ち上げ後トラブル失敗が続き、日本のロケット産業の将来を懸念されていた。
その失敗の内容は技術的には大したことではなかったのだが、それは物理技術者としては常識の知識である筈で、それがなされていなかったと言うのである。
念のために、というのは、”噴射口のところのスカート部分の溶接が剥離して度々損壊した”という事であった。

余りにも、呆れる事なので特記する。
その技術とは、溶接をすると、溶接された部分とされていない部分との境目に羽模様(樹枝状の組織)が出来る。この部位には急激に溶接の温度を上げるので、温度によるストレスが溜まる事と周囲との金属組織が異なる為に、力学的にストレスレイザーが発生する。
この問題となる樹枝状の部分をボンド部というのだが、このボンド部に熱による繰り返しのストレスとロケットの振動が集まり疲労破壊が起こる。この場合の疲労破壊の破面は他の繰り返し破壊の破面と異なる。
破壊破面は破面工学と言う学問があるくらいに必ずその特長を持っている。指紋と同じに。
専門の人間が見れば直ぐ判る事なのであるし、技術者ならば常識であるのだが、それが原因で何度も失敗を繰り返したのである。

その原因を見つけたのは、なんと”三菱の40年溶接専門の技能者が指摘した”ところから判ったというのである。
指摘するのであれば、”初めから専門家であれば指摘せよ”と言いたいのである。
この原因の対策は簡単である。”アニ-リング”(応力除去焼鈍)と言うものを施せばよいのである。応用物理をしている者ならば最初に習う事である。溶接による加熱温度の約60%程度のところで、溶接後バーナーで過熱し直せば無くなるのである。
これをせずに図面に書いていなかった為にそのままにしたという事であろう。”実仕事をする技能者のプライドが無いのか”と思う。私は打ち上げが失敗し、”スカートが破壊した”と聞いたときに直ぐ判った事である。
後のニュースで、でかでかと”三菱の40年の技能者が指摘した”と報じた。誰でも、技術者や技能者は知っていることである。国家予算を使った超高額のロケットの失敗を隠す為の言い訳、即ち世間の非難をかわし、且つ図面上のミスを隠す為の三菱のパホーマンスであった。三菱自動車のリコール問題と同じである。体質であろう。
それを無くすることでロケット本体の失敗は無く成り、アメリカも出来ない世界初の最新鋭の4基の情報偵察衛星の成功
に結びつき産業化は成った。この間1年間かかったのである。

この様な経緯があり、N2ロケットは成功し、この「太陽レザー発電」のテストプラントに繋がったのである。実に無駄な失敗であった。
さて、この「太陽レザー発電」とはどのようなものなのであろうかを簡単に書くと次の理論となる。

上記した様に、太陽は6000ケルビンの光の強さを成層圏を通してコントロールされこの地球上にまっすぐに降り注いでいる。
この6000ケルビンを何らかの方法で捉えて、効率よく地球にダイレクトで届ける方式を考え出せばよい筈である。
光子(光)の量と強さの効率を下げるのは成層圏であり、特に0ー95キロの第1成層圏である。
次に、光子を集めて光と同じくらいの速さの超高速で送る手段である。
そして、それを効率よく受ける手段である。
それを効率よく熱源に変化させる手段である。
最後に、光子と反応を起さない同質の質を探ることである。
これらの条件をかなえるものがあれば可能となる。

それは二つのものを組み合わせることで解決する。
一つは、上記のロケットと人口衛星である。
二つは、水晶体に超高圧をかけ超振動を発させて起すレーザー光線である。
水晶体の結晶を通す事で最も高い良質な光線を発する。

昔45年前はこの水晶体からレーザー光線が出せるとは誰も知らなかったのである。
その発見の経緯が面白いので余談として述べる。
ある科学者が高圧をかける別の実験をしていた。そして、休憩時間に実験をそのままにして休んでいた。帰ってくると緑色の光が実験室のところで走っているのに気がついた。高圧機の電圧が側にあった水晶の着いた器具に当っている。つまり水晶に電圧が掛かっているのである。その緑の光を調べる為に紙を当ててみたところが紙に穴が空き局部が丸く燃えたのである。紙が燃えるような高エネルギーの光が偶然に作り出せたのである。この科学者は元の実験を取りやめてこの緑の光の研究に入ったのである。論文を出した。直ぐに取り上げて直ぐに利用する部門が出て工夫が出てきた。軍部の研究機関であった。それは軍事兵器への転用であつた。研究費は潤沢である。この研究はこの軍事関係に依って広がり進んだのである。

そして、今やこのレーザー光線は工業界では各種に頻繁に汎用で実用化されている。
レーザーは太陽光線の中にも含まれている光線であり、むしろ、光を一局集中させたものと考えられる。一般的には太陽光といった方が良いかも知れない。「人工太陽光線」とも言える代物である。

昔、子供の頃に夏場にレンズを太陽の方向に向けてその光を紙に当てると黒紙が燃えると言う実験をした事を皆さんは覚えていると思う。簡単に言えばあれである。
白い石英(シリコン)の結晶体の水晶の結晶は透明である。レンズと同じ働きをし、且つ特殊な超波の波長を出す。それを上記の水晶体で人工的にその光を作り出し集めて一つの緑の光線としたものである。レーザーは光の一種であるので光の速さと同じである。シリコン半導体も99.99%の水晶である。
つまり、この硬い鉱物の水晶は電圧をかけると電気を通し、特殊な光を発すると言う事である。その電圧の高圧と低圧の掛け方でその特質は変わると言う事になる。

この水晶は主に「ナメ石」という何処にでもある土壌体に存在する。「ナメ石」は山の土が雨風にて粉になり山の重力で加圧されて固まった土の地層で、斜めに手で押すとスベリが起こり簡単に脆く壊れる。山崩れの起こる地層はこの土壌体である。
この中に不純物を多く含んだ石英(シリコン)がこのナメ石の地層に流れ込み加圧で結晶化したのがこの水晶である。その鉱物が珍しい特性を発揮するのである。
このレーザーに限らず、半導体としても今ではなくては成らない近代化を推し進める珍しいが何処にでもある鉱物である。
この物は人工的にも簡単に作れる。皆さんも日常この物に接している。それはかのガラスにも多く使われている汎用物質である。その主な水晶(シリコン)の採掘場所はカムチャツカの東岸壁には純度の高いシリコンが採掘される。ロシアの特産物でロシアはこのシリコン(と石油)で経済が活性化したのである。
製造過程にはこの様な鉱物であるので公害は無い。

その性質を利用して、例えば、そのレーザーの強さと量をコントロールして、精密に自在切断する所に、センサーの役目、精密測定器機、etc、精密部品なら先ずどこにでも使用されている無くてはならない石である。
45年前ではまだ研究段階であった。45年前に私もその基礎研究の手伝いをした事がある。現在の使用には何の問題も無い。後はこのシステムをどのように組むかである。日本のソニーが開発したダイオード半導体から変わったシリコン半導体は今や人工ダイヤモンドや量子チップに代わろうとされているが、まだまだ益々利用範囲が拡大するであろう。

さて、このロケットとレーザーの特長を述べて判断の一助として頂き、そのすごいシステムに入るとする。
方法は、先ずロケットを打ち上げる。衛星を出す。この衛星で太陽からの光をパラボラのアンテナで受ける。この受けた光を集める。レーザの光線銃に光を乗せる。このレーザーを地球の発電ポイントに送る。地球の発電ポイントで6000ケルビンの光をジェネレーターに入れて発電する。簡単に言うと以上である。

成層圏であるので、光の強さにはロスが生まれない。
この光の6000ケルビンは太陽がなくならない限り無限に届く。
レーザーであるのでピンポイントで受ける事が出来る。(0.5mm程度のエラー)
地球で核の爆発を起させる発想の原子力発電ではなく、太陽で起こる核爆発で発生した熱量を地球に取り込む発想である。
この場合、地球のでの原子力の強さは通常1500ケルビン程度のエネルギーであるので、この太陽光発電の1基で原始力発電の4倍に相当する。

レーザーは太陽光線の一つであるので高温に絶えられるので設備的には簡単で済むし危険はない。
つまり、簡単に言えば、地球で核爆発を起させてそれを制御して熱エネルギーを吸収して変換し発電ローターを廻す方法を、太陽でもともと核爆発して発生した熱エネルギーを地球にレーザーで送るシステムである。実に素晴らしい発想である。そのレーザーの光搬送エラーは0.5ミリのピンポイントであるので全く危険は無くなる。廃棄物等もまったく無い。

何はともあれ、ロケットと衛星が出来たとしても、偶然の出来事で発見された太陽の光の一つのレーザー光線が開発されなかったらこの方式は生まれなかった。そして、段突のレーザー精密器機の優位性がこの方式を発見したのである。
それも、下のコスト検証は日本的らしい。日本の最高技術力がこれを成したのである。
将来、原子力艦船がこの方式に変わる事に成ろう。そうすると莫大なエネルギー源で走行距離の限界が無くなる。それを使ったイージス艦となればアメリカと肩を並べる軍事力ともなるだろう。
最早、植民地政策が終焉して大戦は無くなり、局部戦となり、その軍艦保有台数では無く成りつつある時代である。世界が躍起になってイージス艦情報を集めているのはこの背景があるからである。

(発電の設備的経費と廃棄物の管理経費と危険必要経費)*4>(衛星打ち上げ費と衛星費)*1で済むので問題に成らない。
4倍というメリットと廃棄物の危険がないのが大きい。

どちらもアメリカが先行したが、遂には月の探査衛星や4つの情報偵察衛星はアメリカを超えた技術力である。
昔、アメリカが打ち上げた月探査衛星は日本の月探査衛星で全てのデータが塗り替えられ鮮明に成ったと言われている。
そう云うことから、ロケット打ち上げ能力と衛星製作能力の技術力のある先進国の発電システムになろう。
実質、現在では日本とアメリカでしか無い。後は先進国に技術指導となろう。

さて、これ等の結果を検証してみよう。

①水力発電、火力発電、天然ガス発電  温暖化に影響あり 天然ガスは限定利用 生産国に限定保有 開発途上国が維持
②原子力発電        核不拡散問題あり 先進国 中国、インド等に適用 途上国に拡散中
③風力発電、ソーラー発電  温暖化に影響なし 発電能力から限定利用 先進国に適用 開発途上国は援助保有
④水素発電、エコ発電    温暖化に影響なし 発電能力から限定利用 先進国に適用 開発途上国は援助保有
⑤太陽レザー発電      温暖化に影響なし 先進国が専有 戦略上、技術上、価格上で適用は不拡散

この内容から発展途上国は①以外に代替エネルギーとして温暖化防止の手段は無い事が分かる。
後は、せいぜい、②の天然ガスの利用となるが、これも利用するまでの設備費などを考えると困難と見られる。
これは、中国、インド等の経済発展している国と生産国に限定されるであろう。

③、④に付いては、温暖化には効果抜群ではあるが、発電能力とその費用ととが問題であり、全面的解決にはならない。
先進国からの支援での保有が条件となろう。しかし、全面的支援は莫大な資金が必要となり、先進国は排出ガス(炭素酸化物28-68、窒素酸化物30-58、硫黄酸化物48-80が温暖化に影響>空気28.8)の買取制度での範囲となる事は間違いないので温暖化防止の効果的対策にはならない事になる。

⑤はあらゆる面から最も優れた方法であるので、仮に、何らかの方法で人間の利害を飛び越えた域で、世界に汎用されるとするならば、地球は元の自然環境に戻り、このあらゆる内容に絡んでいる温暖化問題は解決するであろう。
但し、これは”世界人口を減らさないで”の前提条件が付く事になる。
それは、世界人口が増える限りに於いて、その世界の国の各々の生存に関する利害が絡み、上記の検証でも判る通り人間が考え出す知恵や技術では限界があり、これだけ増えた人口問題(地軸の傾きも含む)の解決は困難であろう。

人口問題の解決が、全てのエネルギー源の使用を制限する事が出来て、その結果、自然が保たれ、温室効果に関係する重量酸化ガス(28.8以上)の排出は押さえられて、自然が持つ絶対値的な光合成の能力の働きでこれ等が解決の方向に向かうだろう。
そして、この結果、1940年頃の人口(50億ー55億)に戻り、「地軸の傾き」と「エネルギー源」の変化が起こる。
温暖化の大元の地軸は22.8から22.5程度を維持し、太陽の光の当る域を赤道上に戻し、地球の太陽をまわる軌道の楕円化を戻す事が出来る事になる。

ところが、②から⑤のエネルギー源は一重に先進国の国情に掛かっている事になる。
この先進国のエネルギーの使用量が全体の60%を占めているとすると、これを先進国の努力(②から⑤)で解決すれば現状は維持出来るとなる。
しかし、そう上手くは行かない。一つは、上記した戦略上の問題がある。二つは、人口増加率は後進国(中国とアフリカ等)にあるからだ。(先進国は減少している)
この地域で人口が増え続ければ、結果として、エネルギー源の使用量は先進国の努力の使用分を食い尽くす事に成る。

この人口増加は温暖化よりもっと大きい問題である。
それは上記のような代替的な科学的解決は困難であり、人口が85億付近(詳細は「温暖化の疑問]参照)に達すれば地球そのものは駄目になる。後の絶対値は20億の残りしか遺されていないのである。人間が住める状態までの範囲であれば寿命は100年程度であろう。その前の半ば50年程度で「石油枯渇」がやって来る。
「石油枯渇」が来れば生存を前提としての騒乱となるは必定である。そうなれば地球の「悪のスパイラル」が起こる。
後進国は木々を燃やして「エネルギー源」の確保を行い、植物は食物として人口増加により瞬く間に食い尽くし、益々自然は減少し光合成の量は低下し、先進国は木々を燃やす生活程度に慣れていないことから、武力を以ってエネルギー源確保に当る方向へと進むだろう。そして、人間の本能は子孫を遺そうとしてより多く産み確率で子孫を遺す事に走る。既にアフリカは経済的に見合う子孫ではなく確率のこのスパイラルに入っている。
この周りに与える相乗効果(人口増加、自然の破壊)でスパイラルが起こる事になる。これが「悪のスパイラル」と言うものであり、これが起こるともう止められない。
私は既にこのスパイラルの入り口に入ろうとしている変化点又は分岐点に辿り着いていると見ている。

人間だけがこの地球上で唯一知恵を持ち「無から有」に成った生物である。「自然淘汰」の定理に従わなくなった生物である。
知恵でその生命の糧を作り出す事が可能と成ったが、ここで近代に入り「産業革命」が起こり予想外に科学的欲望が進み、その弊害が生まれたのであり、それがここに来て「温暖化」と言う問題に直面した。
なんと急激に300年で45億から65億になったのである。この300年前の300年は各地での騒乱にて人口は現状維持か減る方向にあったと言われている。全体として今と比較すると未だしも「自然淘汰」の原理が働いていた時期でもある。
その後、明らかに科学による文明の革命が起こった結果により、さらにその革命は双曲線で起こっている。一次の比例線から二次の微分線へ、そして、三次の積分線へと科学進歩は進んでいる。
皮肉にも、その糧の確保の知恵と同様に、その科学でも上記の②-⑤の様な科学が生まれてきた。すごい生存に対する知恵と見るほか無しである。

多分、この様な検証から、「エネルギー源」の①から⑤までの割り振りでは解決は困難ではないか。矢張り、地軸問題にしても、復原的に起こる「温暖化」問題にしても、元の人口を減らさないと無理と考えられる。
つまり、その理由は、世界の人口増加に伴なう対応する科学の進歩は、生活の糧としての確保と違い、追いつかないのではないか。追いついたとしても限定した範囲のものとなる事が確実で、この格差はより拡大するだろう。
科学技術国は益々科学で対応し、農業国(否科学国)は、先進国の科学の供与はあったとしても範囲と量は小さく、益々と自然に頼る生活となるだろうからだ。
その前に地球は駄目になる時期が来る。
人間(85億の人口)が、地球の引力と地球の回転遠心力との差で、宇宙へとロケットのように飛び出してゆく事に成ろう。そして、理論的には20億人が飛び出し終わると、再び地軸が戻り、楕円運動の軌跡が円運動へと戻り、元の地球の自然へ漸次に戻る事になる。急には悪くはならない代わりに急には戻らないので、犠牲は半分程度にもっと大きくなる。

仮に、20億人を月世界に移すとしても、今度は地球の衛星の月が最終は重くなり、地球とのバランスが崩れて、地球との軌道は狂うので矢張り駄目である。地球と月のバランス関係は地球の自然に与える影響は大きく、特に人間の生理機能は崩れ滅亡のスパイラルとなる。
日本とアメリカの火星探査衛星で大分判ってきているが、水分が地中深く潜って圧力で固体の氷となっている事から想像すると、火星はこのスパイラルの終焉ではないだろうか。

ところで、この問題を洞爺湖サミットでの会議で解決する事はあるのだろうか。
それはアメリカの出方一つでなかろうか。そこでアメリカの苦悩を次ぎに少し検証して見る。
アメリカは化石燃料の利権を世界各地に持っている。この事がこの問題にあらゆる面で大きく左右している筈である。
その利権は自国の分も含めて世界の60%だと言われている。これだけ持てば「化石燃料の問題」と「エネルギー源」はアメリカ次第となろう。

そのアメリカは京都議定書に批准していない。何故批准しないのか。その温暖化原因の多くは中国、インドと先進国が大きく出している。その先進国のアメリカと途上国の中国の排出の原因とは違う。
アメリカはその温暖化対策の技術力を日本と同じく持っている。かたや中国は持っていないで大きく排出している。
当然、この二つには異なった否批准の理由がある。
アメリカは、今、この排出量の批准をすると、その経済負担の為に、世界の経済のリード役の経済が大きく悪い方向に変化して「世界恐慌」の引き金になる。

何故ならば、サブプライムローンの住宅問題でも判る様に、初めから無理に支払能力の無い購入者に対してローンをつけて販売をしなければ成らない程にあって、アメリカの下降傾向の経済の景気を底支えをした所以がある。当然、当初からリスクを負っていたものが此処に来て破裂したという事であろう。つまり、時間稼ぎをしたと言う事ではないか。
もし、此処で、アメリカがこの批准をするとすれば、下降傾向に拍車をかける結果となる。その行く所は決まっている。世界の金融恐慌が起こると言う事になる。

そこで、少なくとも”先ずは時間を稼ぎたい”と成ろう。そして、その間、下降景気の底支えをしたサブプライムローンの金融機関を救う事である。それを出来るのは今やただ一つである。
ロシアが経済的回復を成し遂げている原因と同じく、枯渇間際の石油の高騰を操る事に依って潤っている石油利権からのこの金融機関の底支えをする事である。

つまり、先ず、石油の値段を吊り上げて、そして、その利権グループで生まれたドルをアメリカに戻して経済と金融機関を支え、さらにアラブの石油利権から銀行(アメリカトップの銀行)に投資させて何とか維持させる。そして、金利を下げて市中経済を活発化させる。しかし、現実にはアメリカのこの目論見は消えた。遂に、日本の三井グループの投資をしなくては持たなくなった。
更に、貿易第1位国の中国の金融機関が軒並みこのサブプライムローンの影響を受けている事が判り、メルリリンチの銀行を破綻させると風船の底に穴が開いたの如く間違いなく「世界金融恐慌」となる手前に来ている。
その時に、この温暖化の批准は好ましくない。枯渇石油のアメリカの利権そのものが潰れる。支え役のリード役が潰れる。中国経済も巻き込んだ世界恐慌が起こり、中国投資国は破綻すると言うシナリオが出来る。その直前に来ているのである。

「温暖化」と「世界恐慌」との間に追い込まれて動きが取れないのが現在のアメリカなのである。
中国経済が外資に支えられ、自己技術の低い40%国力で大きなオリンピックと万博景気が支えられているバブル的経済成長の中で破綻すると、これが政治的バランスを招き崩れて、「世界恐慌」から「政治混乱」へと突き進み、「石油枯渇」の「悪くのスパイラル」に入ると予想される。

もしここで、「温暖化」に対する排出量の枠組みに合意したとすると、その引き金を引く事になる。
絶対に出来ない事である事が上記の事で明らかに判る。
「温暖化」の対策は上記の分析でも先進国だけの対策となる事は明らかであり、その先進国のエネルギー源はこの後進国(途上国)の自然破壊で成り立っているのだから、最後には後進国から倒れ先進国が潰れて行くシナリオ事に成ろう。
私の説はこの温暖化(3つの酸化物)だけでは解決しないとの説を採っているが人口を減らす事がないと科学的にも納まらないと見ている。

人口問題に傾かず、酸化物、とりわけ、炭素酸化物、炭酸ガス(Co2)に話が傾いているのは、この枯渇化石燃料(石油)の利権、とりわけアメリカのリード役の国力の維持、できるだけ化石燃料の使用量を押さえて38年以上の年月をより長くに宣伝と喧伝とを繰り返して、利権を維持して「人口問題」を隠していると見ている。
夫々の大陸で発生している28ー68/28.8g(空気の3倍)の重い炭素酸化物の発生のバラツキがあるのに平均でもなると言うのだろうか、又、AVG4℃も上がれば熱帯地方の温度も60℃程度になり血液は沸騰し生物は死滅するくらいの温度に成っているのにアフリカはそうなっているのか。
この様に簡単にその現象一つ捉えても、そこに科学的な理論に無理がうまれているのであるのだが、お構いなしに、話をそらしているのである。

しかし、世界が仮に気がついたとしても、人口問題では、最も人口増加が大きいアフリカ大陸、インド大陸、中国大陸での問題となるが、中国は別の理由で「一人っ子政策」を推し進めている。しかし、人間の本能に基づくものであり解決は不可能であろう。兎も角、この二つの大陸の二つ国が世界でトップの経済成長を遂げている。
この二つの国が「温暖化原因」と「人口増加」と「経済成長」を組みあせた場合はもう無理である。
更に、アメリカが炭素酸化物に原因を振り向けて本来の対策を実行しない又は出来難いのでは無理というものである。

以上、
「温暖化の疑問」でレポートしたが、さらに進めて「温暖化」にはこの様な裏の話がある。
「温暖化」は「温暖化」だけでは動いていないのであると見ている。今の世の中のもの単独ものはすくないのでは無いだろうか。
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