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雑学 「竹細工」と忘れられた知識

竹花筒

竹
写真左は7年 写真右は5年 写真手前は1年 写真奥中央は3年の竹年です。
10年ではもっと赤く成ります。 15年では深みのある赤に成ります。
白ずんているのは竹油です。


雑学 「竹細工」と忘れられた知識


「竹細工」のことを書くのですがその前に竹の事を書いて置こうと思います。
「竹細工」のゼミナールの時間です。
写真は竹花筒の幾つかを添付しました。

前置き
楽しみの知識として気軽に読んで見ませんか?。
私の趣味のあり方は実は、「竹細工」とそれに関わる事の「技能技術の知識」を知り、マスターする事(挑戦する事)を目的としているのです。
これは青木氏の長年の研究の癖から来ているようですね。
否、もともとの癖かも知れません。
ですから、「竹細工」は「竹の知識」を知って作る事がよりその特長を生かしたよい物が出来るからなのです。
昔は竹は生活の中で必需品でした。それだけに竹に関する知識が豊富で誰でもが知っている知識であったのです。現在では田舎でさえ失われた知識です。
そこで、竹細工を通してそれにまつわることを書いて雑学として頂きたいと思います。

忘れられた筍
さて、先ず、竹には色々な種類があり私の癖と同じ様にその竹の癖も違うのです。
ここでは「白竹」という中国産の竹で述べてみます。
と云うのはこの竹は中国でこの竹細工と食用として改造された竹なのです。
大昔は必需品の竹で、紙文化が発達していない時は竹にこの文字を書遺す役目を持たしていました。
「木簡」と云うものがありますが、漢詩の文学的なものを遺すのにはこの改造された白竹を用いたのです。
要するに「竹簡」です。この竹を1/3-1/4くらいに割り用いているのです。
この竹は大変太くなる竹で育て方では直径25センチにもなるのです。昔では最大で30センチ位はあったのではないでしょうか。保存されている竹簡を直径に直すとそれくらいに成ります。

他の種類は別の機会に記述するとして、さて、この白竹の細工を中心に挑戦した色々とおもしろい事を先ず書く事にします。
と言いますのも、最近では竹薮が少なく筍の生えている所を観た事がないという人が多く成りました。
私の近所のみならず孫までも知らなかったと云う有り様です。当然に竹の特長など知る術もありません。先日もご近所に掘りたてを配りましたが、子供達が寄ってきて大騒ぎです。
これからもこの現象も大きくなるでしょう。
そこで、青木氏の皆さんにも竹の事と細工の事をご披露したいと思い、また、雑記録にしたいと思います。
竹と云っても色々な特長を持っています。そして、大変に繊細な性格です。
昔から”竹を割った性格”と云う言葉がありますが、”繊細でありながらはっきりとしている”まさにその通りです。この事は竹に携わっていないと意外と知らない事が多いのです。
そして、この竹の性格から人生のいろいろな事を悟らされます。
この言葉は昔の人はこの性格から来た人生訓の意味を持たしていたのだと思います。

白竹の事
竹の事を一寸知ると言う事でも先ずは次ぎをお読みください。
筍の事から。
先ず竹は4ー5年で筍を出さなく成ります。ですから竹の手入れは4ー5年目に成ったものを年に一回選別して手入れします。そうしないと竹は良い筍を出しません。
約1メーター間隔で良い竹を遺して行きます。良い竹の選別は年に2度行います。
それは、4月と10月です。
これには色々理由があるのです。
先ず筍の時節の4月から選別します。
出て来る筍を太くてより円錐型の強い元気の良い筍を選びます。そして、少し竹の皮が赤味かかったものを選び遺します。いたる所に出て来ますが石の下からとか二つ重なりくっついたりして出ますので筍が変形して出て来ます。これを排除して素直にすくっと出たものを遺します。

ところが、竹細工では逆にこの排除する珍しいものを使いたいのです。普通の竹は丸い形をしていますが、排除するような筍は変形していておもしろいのでこれを紐で縛り印を付けて遺します。
竹の皮には黒ずんだ筍がありますが、これは余り食用にするとおいしく有りませんし、やや固くなり筍の灰汁(あく えぐ味)が強いのです。特に筍の先端が最もえぐ味が強いのです。
しかし、店頭には多くはこの黒い竹の皮の筍が並べられています。従って、茶色い筍は竹薮のある特定の地域の持ち主だけしか食べられない筍なのです。

昔はこのえぐ味を取り除く為に料理では、現在では釜の灰が有りませんので米ぬかを使いますが、釜の下の灰を使いました。灰は石灰質(アルカリ性)でえぐ味を分解します。
大昔はどんぐり等も食料にしていましたが、どんぐりも大変このえぐ味が強く余り食すぎると毒性があります。麻袋に灰を入れて川の水で先ず何日もさらしその後に湯の中に灰を入れてさらして食用にしました。この様に昔から自然のえぐ味をとるのには釜の灰を使いました。

「えぐ味」の効能
その前に、何でこのえぐ味があるのかと云うと、一つは他の動物や昆虫や虫に冒されないようにする植物の防衛手段なのです。竹や筍も同じで、先ず筍は狸や猪に地表に出たばかりのところを食べられてしまいます。ですから、竹の先端は特にえぐ味が強いのです。それで地表15センチくらいに出ると狸や猪はもう食べません。よく知っています。
竹にはあの固い竹を食べる虫があるのです。それは竹を食べる専門の黒蟻があるのです。この黒蟻は先ず1.5ミリ程度の穴を竹の節の近くに開けます。其処を出入り口として中を食いつくし上から下まで巣を作ります。小さい一つの穴しか見えませんので外からは全く判りません。
竹の中は温度湿度が一定で、どんな蟻や蜂でも必ず一日に1回は水を飲みに出てきますが、この竹の黒蟻は、竹は水分を竹の節の間に貯めますので充分で、それを呑めば外に出る必要がありませんし、竹は元々水分を多く含んでいます。
その水分と竹の甘味と竹油がありますので、蟻には栄養分と居住環境は満点なのです。
ところが、この蟻が食べる竹は5年以上経ったものしか食べないのです。
それは5年以下の竹はこの強いえぐ味があるからなのです。
5年以上経った竹は次第に古くなるとこのえぐ味分が少なくなるのです。竹をいじっているとよく判ります。
古い5年以上経った竹とそれ以内の竹とでは先ず臭いが違うのです。
古い竹は甘味がはっきりすっきりとしますが、新しい竹ほどすっぱい甘味の臭いがするのです。
このえぐ味は酸性度を強くする物質を出しているので、灰で中和させるか湯で煮て分解したりして取り除く事になるのです。

私の子供の頃までの昔は、竹やどんぐりなどの植物のこのえぐ味を採り過ぎると手足の痺れや脳が犯されると云われていました。戦後、物資の少ない時には焼酎はこのどんぐりと芋を混ぜて作りましたので、よく大酒飲みは手足が痺れると云う症状を訴えたものなのです。当然、虫も尚更です。
竹と筍だけでは無くこの渋味、えぐ味、苦味を持つ植物は子孫を残そうとする防衛手段なのです。
どんな植物でも種子が出来る頃にはこの防衛策を採ります。
皆さんは野菜などはお店で求めますが、田舎の家庭菜園では食べられるかどうかはこの渋味、えぐ味、苦味の度合いで判断してするのです。渋味、苦味、えぐ味が出る頃にはもう食べません。
ところが果実ではこの現象は逆に無く成って行くのです。
太陽の光を多く取り入れてシアンを果実に当てアントシアンにして甘くし熟させて、そしてその合図としてシアンの補色の赤を出すのです。
典型的な果実としては柿の実ですね。柿の葉もその補助行為で赤くして鳥や狸、猪等に認識させるのです。つまり、”柿の渋味が甘味に変化したよ”とする印です。
虫で落ちた柿などの果物を狸や猪は色が変化したものしか食べません。人に負けず劣らずよく知っています。
野菜などは風により種子を運ばさせ子孫を残しますが、果実は鳥や動物により渋味を変化させ甘味を作りだし種子を運ばさせます。ここに違いがあるのです。

さて、えぐ味は外的防衛のそれだけでは無く、えぐ味は植物の表面を環境から護る役目もしています。
温度が下がるとこのえぐ味成分は表皮を硬化させて温度から護る事もしています。
竹には、よく判る典型的な現象を観察する事が出来るのです。
この竹のえぐ味成分は、4ー6月頃に竹の根(茎根)を切りますと、切断面からどろっとした乳白色のゲル状液を大量に出して竹を護ろうとします。大変に苦味のある嫌な強い臭いのする液状のものです。放置すると今度はこれが白く固まります。
これは狸や猪や蟻等の虫、動物を寄せ付けないようにする手段なのです。そして、切り口を固めてふさぐのです。

筍は当然に竹の皮で表面を覆って身を護りますが、大きくなると竹のえぐ味は基より表面に竹油の乳化したものを出して表面の乾燥などから身を保護するのです。
そして、竹の節間(筒部)に水を吸い上げて貯めて乾燥しない様に成っています。4ー6月には竹の筒の中は水で一杯に成っています。
竹の皮もその乾燥と外敵から初期の間に竹身を護るために巻きつけています。
この時は竹油が出ていませんので竹の皮で保護しているのです。
この竹の皮は楠の葉と同じく虫は食べませんし、なかなか腐りません。これも竹の皮にこのえぐ味を保持しているからなのです。
楠の葉などはナフトールと云う防虫、防触物を出すのですが、楠の手入れをしているとこの臭いで気分が悪く成る位です。
竹の皮がある間は防虫効果で虫も同じでよってきません。

竹の皮の事
余談ですが、この竹の皮の事ですが、昔はこの皮を使って食品の包装材にしていました。おにぎりや饅頭などに使いました。昭和の30年頃まで使っていましたが、葉蘭(バレン、バランの方言)と同じく使用していましたし、杉や檜の葉も少し入れておくと更に抗菌作用と虫除けもあるのです。
昔は、杉の葉や檜の葉を料理の横に置き使っていましたが、最近では見たことも有りませんし、杉檜を簡単に手に入れる事が難しく成っているのでしょう。
又、あの独特の臭いの成分が抗菌、防虫効果のある事を忘れられているのでしょう。特に魚の時には必ずついていました。
最近、プラスティックを使っていましたが、又、料理屋さんでも復活して竹の皮や葉蘭を使うように成ったし、杉や檜の葉を添えるようです。昔の知恵の正しさを認識し始めたのですね。

ここで、つい先日の話ですが、知り合いの店で恐ろしい事が起こりました。
その利用し始めた竹皮や葉蘭が少なく成り、止む無く料理の敷物に緑の葉を良く使うらしいのです。アジサイの葉とか柿の葉とか銀杏の葉とか大きい綺麗な緑の葉を用いているのですが、お客が知らないでこのアジサイの緑の葉もかじったそうです。ところがお客が急に腹痛を起こしたのです。
アジサイの葉は虫も食べないほどに葉にシアンを多く含んでいるのですが、知らないで食べられる物と考えこれで腹痛を起こしてしまったのです。
特に、花の咲く時期の前6ー7月にはこの毒素が強いのですが、客も店も知らなかったのですね。
これらの事は、昔であれば私の子供の頃までは皆知っていた事なのですが。
他にも沢山使用してはならないものを戦前の人間は知っていますが。食糧難の時代を生きた者として。
当然に、元々えぐ味と苦味と渋味の強いものは採りすぎると人間には痺れ、腹痛など起こるのです。
大体、虫が食べない葉は殆ど腹痛を起こします。虫が食べるか食べないかの現場を見たことが無い人が殆どなので犯す失敗ですね。それだけにこれらの知識が無く成っているのですね。
最近、流行の春の山菜フキノトウの苦味なども”過ぎたるは及ばざるが如し”です。
他にも沢山ありますよ。昔は「たんぽぽ」の葉もほうれん草の代わりにおひたしにして食べました。しかし、この葉を虫は食べません。葉に苦い白い液汁を持っているからです。食べ過ぎるとだめですね。
”食べることは勿論触ることも駄目”という野草植物の「きんぽう草」などの伝えられた知識が。何処にでもある野辺に春から梅雨まで咲く黄色い花を咲かす愛らしい花ですがね。
私の地方では、昔はハゼの身からロウソクを作り、樹液で漆を作る産業が盛んでした。従って、野生化したハゼの木が多いのですが、この木がかぶれる木である事さえを知らない人が多いのです。
隣りに新しく出来た団地の人たちは、”秋には真紅の紅葉で綺麗だ”というだけで。大木の木6本を、”取り除く取り除かない”で論争が起こったくらいです。
この様に昭和20年頃まで伝えられていた「口伝承」が急激な科学の進歩で次第に消えてしまっていると思います。
兎も角も、春の渋味、苦味、えぐ味は植物の防衛手段なので虫でなくても、喜び勇んでの人間にも採りすぎは禁物ですね。

筍と竹の選別
筍と竹には選別が絶対に必要ですが、それで無いと竹薮は維持出来ない事を知らない人が殆どですね。
筍の選別期は4-6月ですが、次ぎは成育竹の10月の選別期です。
竹に限らず、「春系」の木々は「7月20日」を境に木の成長の変化を起こすと教えられていました。
竹は10月ですが、その成長を止め来期に向けてエネルギーを蓄えるのです。
ですから、この前に木々の剪定をする必要があり、この後の春系の植物の剪定は来期の花の咲き方を激減させるのです。
全ての木々は冬に入ったところで成長を止めますので、11月と12月の間に剪定を済ますのが木に対して一般的で良いのです。2月から成長を開始します。
ところが果実を扱う農家は、むしろ、この2月を「剪定期」では無く「選定期」として出てきた新芽を見て良い枝を残すのです。これは素人では無理です。良い枝の「選定眼」が無いからです。
「良い枝の選定眼」は木に依っても違うし、選定する条件と情報が立体的であり過ぎてきわめて難しいのです。40年やっている私にさえ判らないのが本音です。
植物の趣味の本などを見ると剪定は殆ど2月と簡単に書いていますが、これは無理です。
第一に良い果実を作って商品にする訳でもないのに、普通に出来ればその程度で満足する素人に「2月選定」は解釈が間違えていると思うのです。”本に書く”と云う事は素人向けに書いているのですからね。
では、”どのように書けば良いのか”と云う事になりますよね。

ところがあるのです。誰にでも出来る簡単な基準が。

春系は”「7月20日」(成長変換期)”を知っていれば良い事に成ります。

昔の人はこの事を口伝えで教えていたのです。

竹も同じ様な間違いの本も見られますが、現実には無理です。それは竹には記述しています様に極めて繊細な性質を持っている為です。

但し、ここで、例外があります。
昔から、桜に関しては「桜切るバカ 梅切らぬバカ」の諺がありますが、ところが桜は切らぬわけには行きませんね。
ところが、極めて、短い期間切ることが出来る時期があります。
それは桜の葉が完全に散った後の10日程度です。但し、先端を抑える「先端切り」です。

ついでに、難しいのは「山の木」を庭木にしている「モミジ」や「ヤマモモ」や「モチ」「ケヤキ」の木等ですが、完全に落葉したその直ぐ後10日くらいです。
しかし、モミジ等は、その時は既に次ぎの小さい新芽が出ています。
ずれますと「2月の先端枯れ」と云って先端が枯れてきます。場合に依っては切り過ぎると全部枯れます。

ここで、通いつけの歯医者さんが”庭の親の代からの大事な「紅葉(もみじ)」が枯れた”と私に訴えてきました。”若い庭師に文句を云ったが受け付けない”と云うのです。聞くと”2月に選定した”と。
この様に若い植木屋さんでも知らない状況に成ってしまっているのです。今度はその庭師が私に電話です。「紅葉の2月の先枯れ」を教えて1件落着。

モミジには紅葉を観るモミジと、緑葉を観るモミジがあるのですが知っていますか。
何れも綺麗ですがこれも扱いが違うのです。
単純に本を読んで選別などをすると云う事は、それは素人の事ですから、この「2月成長開始期」の所ですので充分に取り扱いに注意が必要ですよ。
私は”出来たら「2月の手入れ」は辞めた方が良いと思いますよ。

先ほどの結論は、”素人は「成長開始期」より2月戻ったところ”と考えるのが無難に上手く出来るコツです。

この様に昔からの技能の伝承、言い伝えが消えて、素人を忘れて本職並に書いたものが大変多いのです。
もう一度結論を云いますが、素人の原則は春系、秋系に限らずです。

”花を咲かす木は咲いた直ぐ後に手入れ、落葉する木は落葉した後直ぐに手入れ”を。

以上、剪定の基本を護れてすれば木々に影響は有りません。
木々や果実を販売する訳でなければ。

そこで、その基本ですが、簡単に心得る事は次ぎの通りです。
1 先ず枝には木を大きくする「成長枝」と、枝葉を張ってより光合成をする枝の「成育枝」に分かれています。
2 木を大きくしたい場合は「成長枝」を残します。そして、「成育枝」を取り除きます。
3 既に大きいので木を整えたい場合は「成長枝」を切り落とし、「成育枝」を残します。
4 木の枝葉は大方は手の中三本の指の形をした「三叉枝」に成っています。
5 真ん中が「成長枝」で両端が「成育枝」です。
6 大きくし且つ、整えたい場合は、かさの形になる様に、枝が足りない所は「成育枝」を残し、背が低い所は「成長枝」を残します。
7 但し、この場合、木は太陽の方向に成長をしますので、日当たり方向を考慮にします。
8 両方を残したい場合は「成長枝」の先端の「成長点」だけを切ります。横から芽が出て枝は伸びません。垣根の葉がすいている所はこの要領です。
9 よく勘違いしている所は、木の原則は、「成長点」が伸びて大きくなり、枝そのものが伸びて大きくなるのでは有りません。原則太くなるのです。
10 春系の木は花の咲いた後に「成長枝」を出し、秋頃に「実花のなる枝」を出します。春系は秋に手入れをするとこの次ぎの「実花枝」を刈り取る事に成りますので注意が必要です。

この理屈で「木姿」を見て行います。
椿系や梅系はこのパターンがはっきりとしています。
特に椿は上の原則を守らないと花目が葉芽に変わります。余り花が咲かないと云う事が起こります。
ですから、1-10の基本から[花の咲いた後、落葉の後}が良い事に成ります。

私は木々の手入れは本職とはしていませんが、この様な事は素人40年近く親や農家や年寄りの人から教えられた知識で庭の手入れをしています。この原則を守れば上記剪定の結論で問題は有りません。

そこで、本題の竹の結論ですが、竹は毎年花は咲きませんが、4月に「2番成り期」の時に突然に落葉を始めますので、その時か、成育済みの竹は勿論の事、10月頃が選別の最適な時期なのです。
筍から約半年経った時期です。筍の半年後は一応は成育済みと同じくらいに伸びています。その時の2ー3月前には先端から7割位のところで「先端折」をします。先端を折る事で栄養分を他の竹に均等に分配するのです。そして来年には良い筍を出させます。

実は竹は1本の水茎で繋がっていますので、その途中の一本の竹にその栄養分を採られてしまうとその水茎の後ろ竹は良く成長しないのです。良い竹が出来ません。
既に成長した竹は先ず5年以上経っているかの見極めをします。そして、1メータ間隔で伐採しますが問題はこの5年の見極め作業です。
竹細工ではこの5年以上の竹を使わなくてはなりませんので、4月の竹薮の保全は「竹細工用途」とは逆に成ってしまうのです。そこでこの5年ものを分けて残す必要がありますがそれには見極めが必要です

「竹の見極め法」
ところが、それを見極める方法がチャンとあるのです。その判断する元が幾つかあるのです。
先ず、1番目は竹の色です。2番目には竹の表面の毛の有無です。3番目は竹の艶です。4番目は竹の竹油の状況です。5番目は葉の色合いです。他にもありますがこの5つで判断が完璧です。
皆さんは”何、竹の色”と思われたでしよう。
ところがあるのです。竹の色は普通は薄青緑の所謂、「竹色」ですよね。草の色に近い”あさぎ色”です。ところが、それは竹を知らない人の色です。良く絵で書いている色がありますが、はっきり言うとあれは嘘の色ですね。
竹は年々色を変化させて行くのです。
では、先ず筍が成長して一人前の竹に成った色は薄青緑です。次ぎに5年目は黄色です。次ぎに10年目は赤色です。15年では黒ずんだ赤色(赤紫色)です。20年目ですが大方は葉がなくなりますので枯れ果てる前の色は失せて黒の大きいシミが出来て周りは薄茶色の枯れかけた色に成ります。
1年から15年まではその色が次第に色の階層のように変化してゆきます。
青系が取れて緑系に、緑系が黄色系に変化、黄色に赤が混じり赤系色に、赤系に黒が入り赤紫系に成るのです。
これは、太陽の紫外線とシアンの影響です。
紫外線に依って色が分解されて、先ず、青が分解し、緑が分解で葉緑素が消失し、それに替わってシアンが蓄積されます。更に、残された黄色系が分解、シアンの更なる蓄積、赤系が露出しシアンが大量に蓄積して変化してより補色の赤へと変色し、更に紫外線で分解、赤系の最後は黒へ変色とするのです。
20年くらいで完全に色素成分が消失して枯れるのです。
つまり、色素を作り出す生命力が無く成る事です。枯色になるのです。
明らかに色の7原色の可視光線です。
この事は、色は光の波ですから色が変化すると云うことは竹の表面の透過(吸収)が年数で違ってきていると言う事ですね。
言い換えれば細胞が変化していることですが、これは、竹の寿命では、年々竹の細胞の大きさが細かくなって行くことを意味しています。竹は歳月が経つとえぐ味等の防衛策が低下するので細胞を細かくして固くして身を護るのですね。

ところで、「黒竹」とは別に、普通の竹色が変化した黒い竹を見た事が、触った事がありますか。
多分無いと思います。紫外線により破壊されてメラニン色素が溜まった事になるのでしようが、全く人間のシミと同じですね。竹の節間では、半分以上に日の当る部分側にかなり大きい部分でシミの模様が出来て来ます。この部分はナイフや鋸が通らないほど固いのです。
竹が色素を失った後の竹を見ると判るのですが、15ー20年以上経った枯れた竹には黒い斑点の筋が枯れた後に残ります。これを見ると人間も含めてこの世の生物は皆同じなのだとつくづく思いますね。

次ぎに、竹の毛と書きましたが、竹に毛が生えているの知っていますか。
先ず、筍が成竹に大きくなると、竹の表面は薄い柔らかい毛で覆われています。
そして、竹毛はほぼ1年くらい生えているのです。これで表面を保護しているのです。
2年目くらいから完全に無くなります。そして、今度は竹毛の替わりに表面に白い粉のようなものが着いて来ます。これは竹油です。これをバーナーで炙るとピッカと光艶が出ます。
竹毛から竹油に変えて表面を保護するのです。この竹油は太陽の熱で次第に溶けて竹の表面は艶が出て来ます。そして、大事な節のところの周囲だけは竹油で真白く成ります。そして、節の下側は黒いシミが集まります。これで、4年目くらいに成ります。
5年目で色がはっきりと薄黄色に偏って来ます。
ここで、伐採です。

更に判らない時は上を見上げます。
竹の葉が新竹と違うのです。竹の葉は4月の筍の時期の2番成り時期(5月初め)に竹の葉を落として新しい葉を出します。それが半年後の10月には古い竹の葉色が違うのです。
やや黄ばんでいます。そして、その枝が黄色なのです

農家が作っている竹薮には5年程度で正確に伐採しますのでこの様な竹は観られません。
自前個人の竹薮には「竹細工」をする為に残しているのですから。
この様に竹の選別期は10月に行いますが、丁度、筍の時期から半年、次ぎの筍まで半年の中間です。この10月は来年に向けて竹は子孫を残すために準備を始める時期なのです。
竹薮管理に良くない事のみならず、この後で伐採した竹とこの前に伐採した竹は竹細工には使え無いのです。この10月が大事なのです。
竹薮の管理では子孫を遺す為に竹に影響を与えるのですが、竹細工では前後の竹は脆いので使えないのです。
10月の前は水分が多く過ぎて柔らかくて温度が低くいので脆いし、後は水分が少なくて固く温度が高いので脆いのです。この様に10月の竹が細工には最適なのです。
選別期はこのくらいにして、話を元に戻します。

筍の癖(掘り方)
その筍を掘る時は、竹の根から真っ直ぐ出ている筍より反り上がった形の筍を選びます。
筍の大きさは約30センチ程度までのものを選びます。これ以上だと固く成ります。
掘る時は竹根の紫色の芽が見える程度のところまで掘り下げます。
ところがどの方向からでも掘れるわけでは有りません。
筍は茎系根の所から出ますが、直立して直ぐ上向きには出ないのです。丸い茎があるとしますと上と下からは筍は出ません。腹の部分の横から先ず横向きに出て次ぎに上向きに土表に出てきます。
つまり、「Lの字」の形で出てくるのです。ですから、「Lの字」の左横から掘って筍を採る事は出来ません。右からLの横線の先端をタング(舌の形をした農具で、昔はトンガと云いました)で切り落とすのです。
一部の地域の農家の山の竹薮ではバールの様な農具を作りそれを差込んで「梃子の原理」で”エィ”と上に持ち上げます。これは表面が山の腐葉土で土が柔らかいので出来る事ですが、平地にちかいところでの竹薮はとてもそのようなことは出来ません。何処でも普通はこのタングですね。

さて、土の上からどちらに向いているかは判りませんね。ですが、慣れてくると判るのです。
筍の見えている部分と地形で見分ける事が出来るのです。
ではその見分け方をご紹介しますと次ぎの通りです。
先ず見えている部分では、5センチほど周りの土を取り除き掘ると、Lの右側の方が少し丸く無くつぶれています。そこを掘り下げ、赤い竹根がみえるところで最後にタングで茎根と切り離します。
ところで、”竹は単独で竹根で生きている”と思う人が今では全てですね。

ところが、親では、「茎系根」で先ず繋がっているのです。そして、自分の細かい「竹根」で支えて生きているのです。水分はこの「茎系根」から大元を採っているのです。
地下系では、竹の茎系根(水茎)は先ず日当たりの良い所、次ぎに水分の多い所に向かって地表20ー30センチ下のところ当りを横に伸びていますので、先ず日当たりの良い方向に向かって右側を掘り下げてタングを入れます。というのは伸びたとき南側に日が、北側に風が当りますので、太陽を大きく受ける側には両手を開いているように枝を伸ばします。且つ、風に耐えるためには茎ではない竹根は風の吹く方向に張ります。反対に根を張りますと風の勢いに根は耐えられません。ですから先ず右側から掘ります。この二つの事で掘る位置が判るのです。

筍の食べ方
掘った時は水が滴る程度のものがおいしいのです。それは店で売っている筍と違い本当に甘いのです。多分皆さんはこの辺のところの筍を食した事がないと思います。店、料理店に届くまでには少なくとも1日以上かかっています。多分、この時は滴る程度の水分は無いと思います。あっては取り扱いに困るでしょう。掘ったものを放って置くと2ー3時間くらいで水分は飛びますので、新聞紙を濡らして伏せるか、濡らした布を覆うかします。
そしてもう一つは柔らかいかどうかですが、掘った時のタングでの感触で判ります。雨が良く降り温度が高いときの季節の時は柔らかい筍が出来ます。
「雨後の筍」と言う風に急に大きくなり、温度が高いとより伸びますので、例えば10センチ伸びるとしますと(掘るとしますと)、多水分と高温で成長時間が短い事に成りますので柔らかいのです。10センチで1日とすると水が少なく温度が低いと3日かかりますので固いのです。
単位時間当たりの伸び率が違う事によります。
筍ほど取り立てが如何にも旬を表すものはないでしょう。だから、竹冠に旬と書くのです。
この白竹は太くて15センチ程度もあり細くて10センチもある大変珍しい大型の竹です。
記録では直径20センチもある竹がありました。普通の竹は10センチ以下です。筍の段階で判ります。
この白竹は食用に改良された竹ですが、又、太系ですので竹細工用と文字板にする等に昔は使われました。
この目的の為に日本には中国から昔取り入れたので京都の一部に生息しています。そして、我が家にも先祖がこの竹を取り入れた薮があるのです。
この筍は2ミリ程度の薄さにして刺身にして食べられる筍です。普通の筍は薄緑か薄黄していますが、この筍は白です。特別に甘いのです。

筍に付いては「1番成り」と「2番成り」とがありますがご存知ですか。
4月の10日ー15日前後を境に筍の出方が違うのです。この日を境に一度筍の出るのが留まります。後に出た筍は細いのです。そして、先ず第一に甘くなく固くえぐ味も強くおいしくありません。
これを「2番成り」と云っています。「2番成り」の見分けは新芽と入れ替える為に竹の葉が枯れて散り始めるときです。この筍は竹が葉を落とす程度にエネルギーが足りませんので細いものが多く出来るだけ伐採します。

竹の管理
さて、この様に筍を育てて竹細工にするのですが、そうは簡単には行きません。
良い選択した筍が伸びると、先ず、精一杯伸ばします。次に今度は「先端折」と云って6ー7割のところで上から揺さぶり折る作業をします。これは竹の栄養分を茎根を通じて全般に及ばせるようにしないと茎の先端の筍はあまり良く成長しません。

念のために、竹は「基竹」と云って「親竹」群があり其処から茎根(水茎)を通じて伸びて「子竹」群が成長します。地面より約30センチ程度の上根です。深くても50センチは超えません。
ですから、この竹藪を枯らそうと思うと、この親竹群の基の茎根を切るのです。切られると後の子竹群は全滅しますし、後は筍は出ません。
ところが、4ー5年に一度不要な竹と根切りをして整理をしないとだめなのは、この親竹群が次第に駄目に成って行くのです。ですから、この5年以上経った竹の側に出た太い形の良い筍は残して入れ替えます。竹の色と葉で判断しますがこの管理が大変なのです。

竹は土提や山の急な斜面に植えますが、上根ですので表面30センチ程度の大雨の土砂崩れには効果がありますが大きい山崩れは無理です。水分をどの木よりも吸う力は段突に持っていますので山崩れの初期の土砂崩れには効果があります。山に植えられた農家の竹薮は主にこの目的です。大抵は山裾のところに竹薮があるのは初期の崩れを防ぐ為です。
この目的の為に上記した竹薮の管理が必要なので、本来は筍を採り竹を維持するためにでは有りません。
田舎の農家にとっては大雨や地震で起こる山崩れで家や田畑が潰されるかどうかの大切な作業なのです。ですから、この目的の為にそれで育った竹は一本の竹の茎根から親竹群と子竹群とがあるので表層崩れには強いのです。
この何本もの茎系根が出ていますので、大方どの親竹から出ているかどこら辺に筍が出てくるのか判るのです。毎年必ずほぼ同じ処付近から出ます。
ところで、この4ー5年に1回の手入れが10回程度すると竹は枯れるのです。つまり、竹群の寿命は50年です。

ところで、皆さんは竹が花を咲かすのを知っていますか。観た事がありますか。
竹は50年に1回竹の花を咲かします。咲くとその竹薮は枯れるのです。
丁度、竹の葉を10分の1程度に小さくした様な竹の葉に良く似た花を群生して枝の先に咲かせます。咲くときはばらばらでは有りません。その竹薮が一斉に咲くのです。親竹群が咲くと茎根で繋がった小竹群も咲くのです。
もう一つは、怖いのは「天狗草病」と云う植物の菌による病気がありこれが竹に移ると枯れてしまいます。
竹の笹枝が先端の部分で群がって固まって縮こまり鞠の様になって遠くから観ると天狗の鼻のように見えるところから名付けられた病名です。これにかかるとひとたまりも有りません。竹薮が全滅です。
最近この現象が各地の山で増えてきているのです。
猛威をふるって私の家から山を見ると2ー3箇所枯れています。
それだけでは有りません。
近年、豚と猪の掛け合わせのイノブタが山に逃げ込み1匹の親から5匹生まれるので大繁殖して野生化してこの筍を全て食い尽くしているのです。山の竹薮は筍が食い尽くされているのです。その内に手入れと筍を残す事が出来ずに竹藪は松くい虫による全滅と同じ様に全滅になるでしょう。
私の家から200メータ付近以上山手の農家の竹薮全てはやられてしまいました。
筍はご近所に配るのが田舎の習慣です。しかし、農家の竹薮はイノブタ被害で遂に今年は全滅しましたので、私の家だけと言う風になりました。
全国的との事です。今のところ私の家の竹薮は平地であり途中の高速道路で遮られて降りてくることは出来ないので助かっています。まだ狸はスイカ、カボチャ、トマト、柿などの果物は既に食べますが筍を食べることをまだ覚えていません。
そんなに田舎でもない都会の既に家にも住み着いている狸とアライグマの雑種が食べることを覚えると更に悪くなると思います。
最近、直ぐ近くの家に日本猿と台湾猿とのこれも雑種も出て来ていますので、これも覚えることは時間の問題なのです。

この様に竹にも生きて行く上で大変な時期に来ているのです。
それだけに、竹細工は昔は大勢本職で趣味でやっていましたが、今は高齢化で竹を管理出来る人、造れる人が珍しく成りましたが、更にこの様な障害で竹材を手に入れる事さえ難しく成っています。
竹細工を皆さんがすると言うには難しい時期になりました。

竹薮は大変手入れが多く面倒ですが、竹細工はこの前に更に沢山の手入れが必要です。
「伐採」と簡単に書いていますが、この伐採が危険なのです。全く竹のことを知らない人がすると怪我をします。
先ず、竹の立っている場所と竹の傾き方向を見極めます。
大抵は斜めの所に立っていますので、山手の方向には倒れませんが、傾きは必ずしも下手に向いているとは限りません。竹の傾きはを観て、傾いている方向に倒す必要があります。それは傾いている方向から切り始めると鋸が重みで抑えられて切れなくなり鋸が取れなく成ります。つまり切れないのです。そこで傾いている反対から切り始めますがこれでは大怪我の元で危険なのです。
竹は「竹を割った.云々」の性質があり、突然割れて割れた竹が切る人の顔を跳ねて怪我をします。
そこで、先ず、傾いている側に少し鋸が抑えられない程度に切り口(ノッチ)を入れます。そこで、反対側から荒目の柄の長い鋸で切り始めます。20メーターもある高さのものが倒れるのですから、そこで倒れる音を聞いています。バリバリ..と聞こえ始めたら柄の持つところを直ぐに後ろにして素早く勢いよく切り落として逃げるのです。これで枝落しで伐採完了です。
この様では初めての一般の人は無理ですね。

竹材の作り方
さて、5年ー15年の伐採竹の竹細工にする為の前の保存の仕方があるのです。
実は伐採した直ぐ後では使えないのです。
伐採した竹はエイジングと云う作業をしなくてはなりません。
つまり、竹の切り立てには未だ生きるエネルギーを持っています。そこで時間を掛けて竹のエネルギーを徐々に抜いて行くのです。これは竹に限らずこの世の物質が持っている性質です。
例えば、鉄ですが精錬後、直ぐに使うと残留応力と云うものがあり精密なものには使えません。
変形や亀裂(ヘヤークラック)が起きます。

これを取り除く為に野外に放置して毎日の温度変化のエイジングや強制的にアニーリング処理(ある一定のその物質が持つ特性温度で加熱して応力除去や性質の安定化処理)をします。
当然、竹も同じです。エイジングなら草むらに寝かして1ー3年以上放置します。
昔、竹で作った番傘がありましたね。あれもこのエイジングしているのです。この場合は水の中に入れてえぐ味も共に抜いて番傘の骨材にします。
エイジングで5年以上経つと、良い竹は色も変化せずに自然割れすることも少なく成ります。
15年経つと色が無くなり黒の縞模様の竹が出来ます。これも竹細工では茶道などの人に侘、寂で大変に好まれます。このエイジングで伐採の時と違って、更に違った趣のある竹材が出てくるのです。
これで、やっと竹細工が開始です。私は30年前の竹材を持っていますが紫外線を当てないと赤色は替わっていません。
アニーリング処理に付いては処理そのものが大変なものなので又別の機会にしますが、昔の保存されている特別な竹細工はこの処理をしていると云われています。

竹の癖と竹細工
では、竹細工の事に入ります。
竹細工には色々な物があります。例えば、花瓶類、篭類、人形類、置物類、道具類...などあります。
ここでは主に花瓶類を紹介します。
一輪挿しの花瓶、プランター、生花用、飾り柱等で竹の性質を観て色々な形を考えて細工します。
馴染みのない「飾り柱」ですが、家の柱にこの1間長さの竹を固定し其処に色々な模様や細工をします。そして、それを柱の長さに合わせて固定します。そうすると家の中に竹薮があるように見えます。
高級料理店や侘寂を好むの茶室や華道道場にもよく観られます。
昔はこの太い白竹に漢詩を刻みこみ又書いて床柱に固定していたのです。
私の家にも直径25センチくらいの漢詩をびっしりと刻み込んだ極めて古い飾り柱があります。
割れやヒビが一つもありません。昔はこの様なものを細工して家の中を竹の趣で仕上げていたのですね。
近代的な家の造りでも、竹の花筒やプランターを一寸玄関の所に一輪さして飾るのも非対称的な趣があって落ち着きがありいいものです。
そう云うものを作ってみますか。

さて、そこで先ず、長い1本の竹を持ってきます。
その竹の性質、色、固さ、変形、模様、節間、年数を観見分けます。

これ等は上記した筍、竹の癖が働いてきます。当然、5年、10年もので異なります。
性質はその育った自然環境でも違ってきます。土、風、温度、傾斜、日当たりです。
先ず、その土には色々な種類があります。ナメ土、赤土、粘土、山砂、火山土等です。
一般には、竹薮の生息地は山土のナメ土が多いのです。つまり、山崩れの為に傾斜部に竹を植えますのでその目的からこの土が多いのです。他の殆どの土は竹の本来の目的に合いませんし、上手く育たないでしょう。
ナメ土は大変脆くて、固くて、水分を吸収し難い土なのです。土木屋さんには最も土としては安くて悪い土として嫌われている土です。一度吸い込むと逆に溜め込んでしまいますので、大雨で表層山崩れが起こるのです。竹薮を調べると殆どこの土のところです。当然、そこで育つ竹はその土に合わせますから水分の補足分が一定では無く、夏までに貯めておかなくてはならない時に水が無ければ竹も当然脆い事に成ります。脆く固い土ですので根に力が入り竹の伸びは悪く成ります。
竹を高くすると風圧で根に力が入りますので倒れ折れたりします。
他の土は竹の性質に合っていないのでこの自然理で推して知るべしです。
逆に、このナメ土は細工するときはこの土地で出来た性質が加工や保存で適しているのです。
色から年数までの要素は上記した通りです。
変形に付いては竹が生育するナメ土の場合にはナメ石や石英岩が多く含んでありますので、その石の多い所から出て来る竹は変形しておもしろい形をしているので竹細工には好都合です。
ナメ土帯には鉱物学では土層帯として石英が多くその結晶の水晶が存在する層なのです。
又、セメントや庭石にする青石や、自然石高級砥石や硯などに使う紫石などの高級石が存在します。
ですから、大変固く脆い事、水分の保有の有様が考えられます。
この様に育った竹は加工時や保存時には20度前後下目の温度が好ましいのです。
夏に加工保存すると、高温、多湿で加工していますので、冬に入ると冷却されて温度差による割れが生じ、水分が無くなり低湿で乾燥しますので更に割れる事に成ります。当然、水分も低レベルに成るので色も変化して紫外線だけではなく水分による色の消失が起こります。
低温と乾燥で収縮しますので割れなくてもエイジング不良のものは「竹のしわ」が起こります。
ですから冬に細工が必要です。

細工道具
そこで竹の細工の道具ですが、ノミ、ナイフ、ハンマー、ヤスリ、カンナ、ドリル、細鋸、バーナー、ブラシ、砥石でしよう。
要するに道具から見ると職人技能を要求される細工と言う事に成ります。
切断は細鋸で行います。荒鋸では竹は割れます。切断面がささくれます。竹の表皮が剥れます。内部にも細かい亀裂が入ります。
竹は0.5ー1.0位の固い表皮に覆われていますが、竹を10月で伐採しなかった場合はこの部分が剥離し易いのです。そして、エイジングが不足すると脆く成ります。内部も粘りが有りませんし、加工後割れ易いのです。

先ず、粗加工は、必要な所を細鋸で予定切りして、後はノミとハンマーで割って行きます。
割る時にはその加える力を慎重に加減しながら割りませんと割れが走りすぎて使い物になりません。
この時は、その割る終わりの点に2ミリ程度の穴をあけます。そうする事で割れの走りを止めます。
大方の形を作ります。
次ぎに水で洗います。余りきつく洗うと竹油を落としてしまいますので濡れた布で拭く程度にします。水に長く浸すと竹の水分の吸収度合いが違う為に乾くと割れます。
その後、陰干しします。

粗加工したら、中仕上げではノミで切断面を細かく手で削って行きます。
竹の綺麗な筋目の模様が出て来る様に丁寧に削ります。
竹の節目には突形状に成っていますが、この部分に黒い竹油の変質したものが付着していますので、これを取り除きます。この突部分は加工後剥れやすく印象がよくありませんので先に少し取り除いておきます。これはカンナでくるくると廻して柔らかく削ります。
黒ずんだ竹油は毛ブラシで擦り落とします。付けておいても良いのですが。
侘寂を好む人は竹の有りの侭の姿で仕上げたものを好みます。

仕上げは、ナイフを使いナイフの刃先を立ててやや斜めにして擦り削りで表面をつるつるにします。
切断面と切断面の交点は直角にすると其処から割れを引き起こします。そこで、粗加工するときに大まかに位置を決めてドリルで穴を開けます。そしてヤスリで位置ずれを修正する為に仕上げ凹R(-R)をつけます。最低1ー2ミリ程度のーRをつけます。-Rは力を左右に逃がす事が出来るのです力学的に余り大きくしてもーRにかかる力は同じなのです。
理論では0.5Rですが小さすぎて難しいので1-2Rとします。
これは竹だけではなく金属でも同じです。本当は木材でも付けた方が良いのですが面倒な事と柾目があるからですね。

加工では最も注意する事は道具が良く切れることです。
切れない道具では、木材と違い竹は5年以上物は5倍位固いので細かい手仕事は上手く運びません。切れないで無理に力を入れるために本当に怪我する事が多いのです。
そこで、道具は必ず毎回砥石で磨く事が必要です。これが最大の問題なのです。
そして、更に木材のノミやカンナとは少し磨き方が違うのです。
木材のノミやカンナ角より更に角度を少なくします。つまり、よりシャープにすると云う事です。
それでなくては固いのですくえないのです。そしてノミ、カンナの刃先の先端形状は直線ではなく緩やかな丸みをつけます。
直線ですくって行くと刃先全面に一度に負担がかかりますので、先端が直ぐに丸くなり切れなくなるのです。また力が必要で危険です。ですから、切削の力を点で捉えて前に切り進んで行きます。
その為に、例えば、20ミリの刃巾ですと中央から次第に両サイドに切れて行く様に成ります。
この様にすると刃も持ちますし、力も楽になり削りやすく成ります。
これだけでも特殊な技能が働いているのです。

ノミ、カンナ、ナイフの砥石での磨きと鋸の目立てです。
これが一人前に成る事が良い品質を作る事が出来るのです。
竹細工は特にこの点が必要です。場合に依っては複雑な物を作る場合には、自分で焼入れ等の熱処理をして加工具を作る必要があります。
又、竹は固いし、特別に刃先の角度をシャープにしていますので直ぐにヘタリます。駄目になり切れなく成ります。そうすると、直ぐに磨きを入れますので、焼入れ部は直ぐに減ってしまって使えなく成ります。
特にノミの磨きです。真っ直ぐに良く切れる様に磨けるには2ー3年はかかるでしょう。
それに丸みを付けるのですから大変です。
これも楽しい事ですが、固くて脆い竹ですので薄く削れる様にする為にはこの様な工夫が働きます。
カンナもノミと同じ様に形状を変えます。鋸も然りで市販のものでは直ぐに切れなくなるので自分で目立てします。

忘れられた雑学
そこで、ノミも駄目に成りますし、竹の内部を削る時も特殊なノミも、必要で自分で作るしかありません。さて、この自作ノミを使える様にする為には特殊な技能の熱処理が必要です。

そこで、竹とは別に、ここで、ついでに知識幅を広くする為にノミの「熱処理」の事に付いて触れてみます。
ここからは少し大學で講義を受けていると思い我慢して読んでください。
たまには良いのでは。ボケ防止に。若い人でも最近はボケが出ているとの事、気を付けなくてはね。

いや、昔は農家の人はこの程度の技能を持っていたのです。青木氏のことを調べている過程で文献の文章から自前で農具を作り修理していた事が覗えます。そして、その中で特に特技に優れた者が村の鍛冶屋として、果てには刀鍛冶として独立したものなのです。
歴史は繰り返すと云いますが、後漢の阿多倍らが持ち込んだ鍛冶部の技能が平安末期から第一次産業として進み、それが一般化しさらには室町期に入り商業が発達し、室町文化の影響を受けて又鍛冶屋として刀鍛冶として独立した事に成ります。明治期に入り産業革命で企業化して、昭和の中ごろから高度成長で難度の高い技能は低収入と成り技能と知識は一般から忘れ去られてきたのです。平成の現代に於いては鍛冶屋そのものを見つけることが困難と成りました。

兎も角もこのことを念頭に「古の名刀」の作り方とも思い読んでください。
この様な名刀の所以の事を書いたレポートは日本全国ないと思います。
青木氏氏サイトだけです。
これからは、名刀を作っているとしても読んでください。
名刀はこの様な熱処理に依って出来るのです。

先ず、磨り減ってしまった工具を探して利用して必要な形にする為の「姿作り」を先ずします。
磨り減った使えなくなった古い工具は焼入れ部分が無く成っています。
そこで、特殊な工具を作る場合はこの処理をしないと作れません。市販では販売していません。
昔の職人は特殊な工具は自前自作で全て作ったのです。今は分担作業ですが。勿論、刀鍛冶もです。

先ず、特殊な「姿作り」をグラインダーで手作りします。
次ぎに加熱用の炉が有りませんので、昔の七輪(しちりん 昔はフイゴ)で炭をおこします。
団扇(うちわ)で猛烈に扇いで熱して赤くなった頃の600ー650度(この温度を「特性温度」と云います。)にして30分間程度加熱します。引き出して灰冷か空冷します。

(温度は「色温度」と云うものがあり昔の卓越した職人はこれを経験でマスターしたのです。熟練すると2度以内で判定が出来ます。)

(特性温度 :全ての金属には必ず持っている特別な温度です。この温度の上下を境にしてその金属の性質が変化するのです。ですからこの温度で力や振動や刺激などを加える事で無理なく性質又は品質を変化させられるのです。)
(注釈:温度だけではなく、強さでも「特性点」(YP)と云うところがあり、エネルギーの伝わり方でも特性点(SP)と云うところがこの世の全ての物質にあるのです。)

人にも特性点
ところで、この事に付いてついでの余談ですが、 ”全ての金属”と言う事ですから、この世の物質には人間も含めて特性点は全てあると云う事ですね。
この摂理で考えると、特性点は動物の人間で云うと、何処にあるのでしょうか。
私は、「社会の拘りを少なくした自然の心姿:自立環境」だと思いますが。私は「拘りと蟠り(ワダカマリ)」を捨てる心境」のところにあると思います。
マァ捨てなくても、せめて「より自然の心に浸たる事」が出来て、「自然な人間の品質(健康な状態)」を保てる点で、ここが特性点だと思います。「自然に平静を保てる所」ではないでしょうか。
町の中で平静を保てたとしても、自然の中に入り平静になった時とでは何か違いますよね。
多分その時ではないでしょうか。

これを理論的なカーブにして見ると、横に「自立神経」、縦に「健康度」ですね。
自立神経が働かない所は健康は0ですね。次第に神経が働き始めると健康も良くなって行く。そして、あるポイントまで来ると健康は最高となり、それ以上に自立神経を働かせると疲れが来て健康は横ばい低下傾向になる。何時かうつ症候群として病に成り健康を害し健康度は急激に低下し始める。
そして、何時か切れる。と云う事ですね。
以前のレポートにも書きましたが、普通はこの世の物質はSパターンの形(Sを横に引っ張った形)を示しますので、人間の特性点も、この関係グラフでは、健康が最高点に成る一つ手前がこの点に成ります。
全ての物質はこの特性点では少し横ばいになります。人にも下の所にあると思いますよ。
だから、「自然の心姿」が狂ったものが「人間の心の病気」ですが、これを変えるには人間の特性域に持ち込み何らかな刺激等を加えれば良いと云う事に成りますね。それがこの世の全ての物質の摂理であるとすると。
”それは何ですかね?” 私には、人間の脳の「継電システム」の有様から見て、”陥っている環境のスイッチを切る”と言う事だと思います。
だから仏教ではこの「特性域」に入る為に、「座禅や修行」をし「自然の心姿」を経験会得し獲得しようとするのであると思いますが。
仏教が生活の中に密接に入り込んでいた時代では、この「特性点」が今より言伝えられて明確に成っていたのではないでしょうか。
多分、”先祖を敬い毎日仏壇に向かう生活環境の自然の心境”がそれであったと思うのです。
科学の進歩でそれが消えてしまった、又は忘れられたと観ています。

現在でも、それまで行かなくても、凡人には常日頃に「静かな自然環境に浸たる」でも特性域に入れる事に成りますね。
現在の社会病魔はこのこの事に尽きているのではないでしょうかね。
つまり、自然一杯の中で、私達が子供の頃に知り得ていた何でも無い知識や経験と心姿を失った人が多くなったと。
今書いているこれ等の知識や経験は難しいと思われているかも知れませんが、私にはそうは思えないのです。
どちらかと云うと、社会の科学の進歩で煩雑化して自立神経が低下し始めている為に「難しいと思う心」が既に特性点を超えた位置にあると思えませんか。
何故ならば、今書いている事は大學講座で話す事と思われるかも知れませんが、残念ながら、800年前には難しいと思わずに既に皆が知っていたのですよ。少なくとも普通の職人と農民が。
理論ではなく経験を通して。ただ単純に、「理論(知識)」と「経験」の違いだけですよね。

話を雑学の元に戻します。
名刀の条件
古い工具や刀の素材は既に熱処理を施されていて、ある程度の固さで未だ内部が硬化が少し残っているので、そのままで焼入れをすると焼入れの変化が強すぎて割れてしまいます。(専門用語では「変態応力」と云います。)
そこで、その内部を鉄の元の状態に戻します。(アニーリングと云います。刀の素材も同じです)
冷えたら、再び加熱します。今度は温度は723度以上で850℃にし30分間加熱します。
温度は高温計が無いので「色温度」で目で判断します。判断には経験が必要です。
850℃は真っ赤になって白傾向になり少し黄色か橙色気味になったところです。
経験すると、2度も違いません。
鉄に依って温度は違いますので注意が必要なのです。
この850℃という温度は殆どどの鉄ー鋼にも合う温度なのです。材質によりこの温度を中心に上下に処理温度が違ってきます。
普通は、「焼入れ」が出来る鉄(本来は鋼と云う。ここでは鉄と云う)は内部に含まれる炭素の量で異なります。
最低は炭素量が鉄の全体の0.35%から最高は0.8%までです。
これ以下は皆さんが「鉄」と云っているもので「軟鋼」と云います。(炭素0.18%以下なのです)
これ以上は「鋳物」と云います。鋳物は本来、炭素0.9ー1.4%まででこれ以上含まれると鉄と炭素が分離して鉄にならないのです。
炭素は鉄の結晶と結晶の間に含まれていますが、この炭素が増えると鉄の結晶間を結んでいる力が低下して分解してしまいます。鉄にならないのです。
古い工具は大抵は炭素0.4ー0.5%です。中炭素鋼と云います。
「焼入れ」が出来る鉄は0.8%までです。高炭素鋼(0.6-0.8%)と云います。
つまり、鋳物は「焼入れ」をすると焼入れが起こる力(変態応力と云います)が強すぎて割れてしまいます。内部が金属崩壊するのです。
工具は大抵は中炭素鋼です。これに「焼入れ」をしているのです。

では、先ず鉱物油を用意しますが無いので、水を熱して冷やして20度くらいにした水か、雨水などの溜めていた古い水に冷却します。鉱物油は一般に無いでしょうから、以上3種類の水のいずれかを使います。この辺も刀の良悪のノウハウになるのです。
これは水の中に空気が多く含むと焼入品のノミの周りに空気が集まり冷却をするのを空気が邪魔をして「焼入れ」が出来ないのです。
加熱30分立ちますと鋏で取り出して直ぐに冷却する水に真っ直ぐに入れます。斜めにして入れると冷却差が起こり変形します。
そのままに放置すると良い焼入れは出来ないのです。
まず、冷却すると「焼入れが起こる力」で手に響いて来ます。
すごい響きです。”ググー グングン”と耳でも聞こえ鳴ります。そうすると感じるか感じないかのところで約0.5-1.0秒程度で引き上げます。そして放置します。
そうすると、表面の硬化層が0.5-1.0ミリで「焼入れ」が起こりますが、まだ内部は400度くらいの高い温度です。この熱が焼入れ層に伝わり「焼きの硬化部分」が元に戻ろうとします。
この熱が大切で戻る事が大事なのです。
「焼入れ」をすると、鉄の結晶と炭素は結合してダイヤモンドと同じ結晶と成ります。
ダイヤモンドは炭素で出来ています。この時の結晶は「稠密六方晶」と云います。
硬度に表現しますと、ダイヤモンドはHrc63-65程度ですが、この焼入れはHrc65-67程度に成ります。
先ほどの”ググー グングン”はこの結晶に変化したときの力なのです。
元の結晶はオーステナイトと云う高温での鉄の結晶です。常温ではパーライト結晶と云います。
つまり、パーライトからいきなりはダイヤモンドの構造にならないのです。
熱せられて先ずオーステナイト結晶に成り、「焼入れ」で鉄ダイヤモンドになったと言う事なのです。
これが焼入れです。
そして、内部の温度で戻されたこの「鉄ダイヤモンド」はマルテンサイトと云う結晶構造になるのです。

鉄を焼き入れると云う事は、パーライトからオーステナイトの結晶にする為なので、その為に加熱するのです。そして、それをゆっくりと灰冷すれば元に戻りますが、急激(850℃-1S)に冷やすとそのエネルギー差で本来在り得ない結晶に成ると云う事なのです。
推して知るべしで、ダイヤモンドもマグマで炭素が熔けてそれが湖や海に流れ込み急激に冷えて、そこに次から次えと流れる込む溶岩の重みが架かり結晶が変わったのです。

だとすると、昔の人は、当然に、この水晶などの取れる場所からこの自然の知識を思いつき、鉄に炭を浸込ませて、冷やせばもしかすると硬くなることを思いついたのです。そして、”試してみた所硬くなった”と技能的に経験したのです。平安中期以後の経験なのです。その後、この技能は平安末期から拡がったのです。(自然説:主に鍛造説)

このマルテンサイト結晶は内部の熱でより細かいマルテンサイト(微細マルテン)に成ります。
これで「焼入れ」は終わりです。
しかし、このままで放置すると結晶が変化した力が内部に残っている為にその内100%割れるのです。
そこで、200ー250度で1時間加熱してやりますと割れません。これをテンパーと云います。
テンパーマルテンと云う結晶に成ります。 300度以上では逆に脆性が起こり脆くなるのです。
これをやりますと、切れ味抜群なのです。マルテンでは切れ味は今ひとつで「刃こぼれ」が起こるのです。
更に、焼戻しを更に進めると「ツルースタイト」と云う結晶になり衝撃のかかる刃物に適する事に成ります。

これ等の事は理論と言葉は当然知らないにしても、技能として職人は知っていたのです。鍛冶屋も刀鍛冶も。いや、刀の目利きの出来る多くの武士もです。

この時、焼入れで、4つの硬化層が出来るのです。
一つは最も表面に加熱した時の炭の炭素が浸込んでいますので、この部分が硬化します。
(ここは0.8%の炭素です。最も良い焼入れ硬化層の部分です。共析マルテンと云う)
二つは自分の炭素量のところが焼きが入ります。(低炭素マルテンと云う)
三つは冷却が届かなかった部分で半硬化層です。(ソルバイト、又はツルースタイトという結晶です)
四つは全くもとの状態のままの層の深部です。(パーライトという結晶です)

昔の名刀と云うものは経験でこの技術理論を技能でマスターしていたのです。
つまり、これまでの処理が名刀とそうでないものとの違いです。
これだけの理論を経験で取得していたかどうかですが、大変な神経を必要とする技能です。
これの理論通りに伝承技能で上手く出来たものが「名刀」(正宗)なのです。

昔は鋼を特別に作る技術が未だ有りませんでしたので、鉄を加熱した炭の中に入れて炭の炭素を浸込ましていたのです。これを「浸炭」と云います。
逆の事を言うと、大昔の人は炭で鉄を形作るために加熱していた所、何かの理由でうっかりと急に冷やしたら硬くなる事を知り、ただ、鍛いて強くするよりもはるかに硬くなり長持ちできると知ったのです。(炭説 主に冷却説)
これがきっかけなのです。これが職人に一般化して行ったのです。

これを何度も繰り返して、鋼の上記の4つの層を先ず素材として創り上げる事が良い刀になる事を知ったのです。そして、上記の焼入れ技能を千年も掛けて習得したのです。

実は、4つの層を作るにも恐らく失敗の繰り返しを千年として行い得た技能なのです。
それは一度の加熱でこの4つの層を作る事は理論的に出来ないのです。
二つの理由があるのです。
一つは、長く加熱すると、結晶が粗大化するのです。一つの結晶に架かる力が細かくなるほど小さくなり、結果として力は強いのですが、粗大化は脆くなるのです。
二つは、炭素が浸込んで行かないのです。限界が起こるのです。
つまり、加熱可能な範囲の温度では、炭素は結晶の間に入るのですが、入らなくなるのです。飽和です。
この最高温度域が723ー910度なのです。これ以上超えると、鉄は熔ける事と徐々に蒸発を始めるのです。そして、1050度で熔けてしまいます。1540度で完全蒸発します。

こんな技術を千年も掛けての経験から技能を名刀の職人は引き継いできたのです。
では問題は千年で職人はどのような技能を修得したのかですね。
先ずは、約2時間加熱します。そして直ぐに灰の中に入れて冷やします。
この経験には2時間以上加熱すると鉄の結晶が粗大化してぼろぼろに成る事を知ったのです。
そして、灰の中に入れる事で鉄の酸化を防ぐ事をここで先年の継続した経験を通して学び覚えるのです。
これを何度も繰り返して行くと内部まで炭素が浸透して行く事を覚えたのです。
しかし、これでも駄目なのです。この間に一つしなければ駄目だと知ります。
それは、ハンマーリング、つまり、用語では鍛造です。
加熱、浸炭、鍛造、冷却この4つの作業を繰り返すと良い素材が出来ると千年を経て覚えたのです。
良く鍛冶屋さんで見られるトンテンカンの作業です。
まだあるのです。これでも駄目なのです。トンテンカンのしている温度範囲なのです。
これが、上記した下限723度なのです。これ以下にしてトンテンカンをすると逆に駄目になるのです。折角、浸炭した部分が破壊されてしまうのです。
鍛造する事で粗大化した結晶はある升の範囲では結晶が少ない事に成ります。当然、この結晶に入る炭素も少なく成ります。そこで潰して細かくし、結晶をある升の範囲で多くして再び炭素が入る様にするのです。”潰す加熱する浸炭する”を繰り返す事で出来ると知ったのです。
これを4ー5回繰り返すと刀の素材が出来るのです。
そこで、この部分を同じように焼入れしていたのです。

名刀かそうでないかはこの焼入れの温度と加熱時間と引き上げのタイミングとテンパーの有無と良悪で決まりました。更に刀の反り具合(逃げ角)などはこの冷却時の角度によるのです。

そして、名刀を作れる匠と成るには、その繰り返した浸炭の素材が出来たかの判定能力が必要ですよね。
実は、名刀を作れる職人は鋼の「火花」で見抜いていたのです。
その火花ですが、グラインダー(回転砥石)で擦りつけると熱を持ち溶融し始めて1040度以上になり、空気と接触して鉄と炭素が酸化反応を起し爆発します。これが火花です。
先ず、その火花ですが、炭素が少ししか入っていないときは、火花は「一段咲き」(通称トゲ)と云う火花を飛ばします。つまり、夕涼みの線香花火を思い起こしてください。
この線香花火は「4段咲き」です。
「一段咲き」は、つまり、狸の尻尾の形にもう一つ横に短い尻尾の火花が出る状態です。これが0.25%以下の炭素量です。トゲと云います。
「二段咲き」は、トゲの先端に一つ菊の花が咲いたように成ります。0.30%の炭素量です。菊の花と云います。0.3-0.6%までは菊の花が次第に増えます。
「三段咲き」は、菊の花が増えてその菊の花の先にもう一つ花が続けて咲きます。0.8%の炭素量です。
「四段咲き」は、線香花火の最後の方にパッパッと菊の花が咲いて散る状態となりますがこれです。
0.9-1.2%の炭素量です。
「五段咲き」は、普通は見られませんが、パッパッばかりの菊の花に成ります。1.4-1.8%の炭素量の限界に成ります。

名刀の職人の匠は名刀に出来る材質が出来たかを「線香花火の火花」が飛ぶかどうかを見抜く事が出来ていたのです。この火花を微妙に見抜く技能を習得していたのです。
名刀はこの「三段咲き」の状態を的確に見抜く力が必要なのです。
恐らく、江戸初期までには匠でなくても鍛冶や農夫でも知っていたと見られます。

実は私の家に伝わる刀に関する古本に上記のような理論は書いていませんが、「刀の目利き」に付いてそれなりの知識が武士や鍛冶衆に衆知されていた事が書かれています。
古に本が出版されている事態がそれを物語るものです。
こんな事を”よくもまぁ、千年も掛けて知り覚えたものだ”と感服です。
ですから、日本刀は技術と技能の見本のような物なのです。
名刀はこの作業を寸分無く違えずに創り上げたものが名刀で、この作業を違えてできたものが名刀でないと成ります。
そこで、参考として、切れる刀の正宗、強い刀の村政の違いは、上記のテンパーマルテンとツルースタイトの違いですね。

武士はその武士の魂の「たしなみ」として、「刀の目利き」に通じていたのです。
それは、焼入れた部分が、結晶が大変細かい結晶と成りますので、其処に当る光の反射具合が先ず変わります。光を当てよく観ると、細かい凹凸の粒が見えますが、この「粒の大きさ」と「均一さ」で「目利き」をしていたのです。機会があったら一度この感覚で観てください。

当然、良い刀はこのマルテンサイトとツルースタイトの表面の滑らかさが違いますので、光が薄い青色を含んだ白色を発します。この色合いの白色でも「目利き」が出来ます。
其処に、浸炭した部分が焼入れしますが、全部が硬く焼入れが出る訳では有りません。
これを「質量効果」(マスエフェクト)と云うのです。
これが名刀の技能の所以の一つでもありますが、質量効果が大きくなれば、表面のきざきざの「焼入波面」に違いが出ますのでこれも名刀の違いです。
つまり、「白色」と「波面」と焼きの弱い「背所の色藍」(白っぽい黒ずみが良)程度で「目利き」出来るのです。この様なものに成る技能的な理屈を武士は知っていたのです。

物作り日本
既に、「物作りの日本」の素質はここに在ったのです。
鉄の精錬は中国後漢の鍛冶部によって伝えられましたが、その後のこの刀の技能の伝承は日本独自のものであり、実はその刀の技能が現在の日本の冶金の基礎に成っているのです。

大學で学ぶ知識が既に経験で一般化していたのです。全く専門的に調べると唖然として感服です。
千年も前からあった知識を職人であれば伝え誰でもが知る事を一般化していたのです。決して大學講座では無いのです。

因みに、典型的な事があります。
日本の新幹線です。
台湾、中国は日本の新幹線を採用しましたが、韓国はフランスの鉄道技術を採用しました。
しかし、韓国は採用後日本の新幹線の方が良い事が判ったのです。
それは、ブレーキなのです。
日本の新幹線は駅手前でブレーキを架けてもきっちりと止まります。しかし、フランスの鉄道はかなり前から架けないと止まりません。フレーキの架かりが悪いのです。
新幹線のフレーキは架けるとパッドやそれを支える鉄部品は400度以上に成ります。
つまり、400度でブレーキ操作を難度も繰り返すと、金属は熱疲労を起し破壊します。
又、400度以上に成ると鉄の中に残っているS(硫黄)、P(リン)が反応して脆くなるのです。(ステッドブリットネスと云う)
更に、このS、Pは圧延に依って真ん中に一直線で分布していますが、不純物と共にこれが400度で中央に集まり「バンドストラクチャー」と言う現象を起して部品は二つに割れて破壊するのです。
それと、高速にフレーキを架ける為にそれを押し込む部品(ウエーブ)が想像を絶する強度に耐えなくては成りません。
そうなると、これ等の問題を解決するには「熱処理」です。
(アルカリ土類金属のMo、Mn、Crの一つを加えているのですが、これを加えると熱に強くなり、焼きが熱で落ちないし、強くなり焼きが入りやすいし、熱が架かると自分で硬くなるし、錆びないのです。)
ここに上記した日本刀の技術が活かされているのです。

実は、この日本刀を分析すると、このCr(クローム)が適度に加えられているのです。
Crを加えすぎると金属は脆くなり使えないのです。ところが、この昔の時代にCrを加えていることすら脅威であり、その限界を掴んでいる事も脅威であり、それを何処から取り出し、どのようにして知ったのかは現在も不明なのです。現在のフランスの新幹線が出来ていない知識を。日本刀は出来ているのです。
この処理が設計的に活かされていて、駅手前でも止められるのです。

この様に伝えられた冶金を含む金属に関する技術、技能は日本が段突なのです。続いてドイツです。
だから、先日、経済復活の特効薬として、麻生さんはオバマ氏に新幹線を大陸横断で採用するように勧めたのです。
「日本刀」はそれを集約した物なのです。その集約した知識が昔は一般化していたのですから、今の日本の物作りがあるのです。

さて、この様に昔の職人が自前自作具をこの様な伝え知った知識を駆使して創り上げていた事に面白みがあり私も挑戦するのです。

その歴史を紐解くと、奈良時代では中国後漢から阿多倍の一団により伝えられた技能を「部」(べ)組織化し専門化して産業を構築してきましたが、部制度が崩壊する平安末期から一般化したその技能は今度は自前で作る一貫技能化して作業したのでした。そして、日本刀=日本を生み出したのです。
そこで、専用の道具を作る作業から、この様な歴史的な知識と先祖の努力とその素質が見えておもしろいから止められないのです。そして、この事を励みと成るように可能な範囲で将来の青木氏の子孫に遺したいとより思うのです。これは青木氏の歴史を調べると同じ事が判るのです。

ステンの包丁
ところで、参考雑学として、ステンレスの包丁がありますが、ステンレスは焼入れが出来ません。その理由は中にクローム(Cr)が多く含む原因と普通炭素量20.28-0.33%なので出来ないのです。
そこで、精錬後、圧延時に850℃に加熱(オーステナイト)して圧延の力(75k/)で圧してマルテンサイトの結晶にしているのです。クロームが多く含んでいるのでマルテンに成りやすいのです。
キッチンのステンレス板は常温で高温でいられるオーステナイトの結晶に成っています。ですから、NiとCrの効果と錆びない結晶(オーステナイト)で錆びないのです。

話を竹に戻します。
最終仕上げは、竹の表面の竹油をバーナーで溶かします。
竹油はかなりの高い温度で解けますので炙り過ぎないように注意してて艶が出ると直ぐに移動して行くことが必要です。但し、この場合、細工物が濡れていないことが大切です。
炙りすぎると、温度差が出来て竹は割れますので速く均一に炙ります。
また、炙りすぎると、色素が分解されて色が飛びますので、最も神経を使います。
炙った後は急に冷やすと割れますので自然に冷やします。
加工中の埃はエヤーで飛ばすか布等で拭き取る事が必要です。
加工した直後に水で洗いますと加工面だけが吸湿性が良く成っていますので、乾くとヘヤークラック(細かい亀裂)が出て何時か割れに繋がります。
次ぎに切断部分には油がありませんので、この部分から水分が蒸発しますので亀裂が入ります。亀裂が入ると割れに必ず繋がります。
そこで、この全切断部分にニスか透明ボンドか透明コーティング材を薄く塗ります。
シックハウス症候群に成る場合がありますので、塗った後は3月くらいはエイジングします。
3年未満の白ぼく艶の少ない青竹はバーナーで炙ると完全に色素が飛び色斑が出来ます。
これはこれでおもしろ味がありますが水分が多いので斑のところから亀裂が入ります。
品質は1年程度で色が変わりシワが出来て長持ちはしません。そのままでは殆ど割れますので全面にニスを強く塗ることが必要です。
ニス等のコーティングは内部の水分の放出を防ぎ、且つコーティング部で保湿を保ちます。昔はワセリンを塗るなどした様です。
大昔は吸湿放出する灰を容器に入れて保管したようです。

青竹に塗らない場合は床下や低温低湿暗室のところ、例えばシステムキッチンの下のところを選んでください。上の保管庫は温度が高く成りますので良く有りません。
次ぎの様な保管は10度の冷蔵庫に入れて保管すると良いでしょう。

最後は保管です。
竹と筍の保管に付いて冷蔵庫を使うと良いとしていますが、大昔から行われていた方法として、塩が使われました。
先ず、これが最近、再び伝承されて、「器」として料理店などで5年未満の竹を保存する場合は「塩や砂糖」を使います。特に砂糖が用いられる様に成りました。
冷蔵庫の無い時代では袋の中に塩や砂糖を入れて床下などの暗室に保存しました。
そこで、その理由では塩と砂糖などは「潮解性」と云う性質を持っています。
「潮解性」は周囲の空気を吸い込み又多いときは放出して一定に保つ性質を持っています。
現在ではこの塩か砂糖を竹にまぶして冷凍します。
そうする事で、表面を冷凍による水分の低下から護ります。内部は分子の運動がほぼ停止しますので色と竹の性質は変わりません。
ただ、塩と砂糖の使い分けをしなくては成りません。

筍は皮を剥き湯で灰汁抜き(あくぬき)してから塩で包むと塩の影響で表面が荒れますし、料理にはから味が出ますので良くありませんので砂糖を使います。
竹は表面が表皮で囲まれていますし、竹油がありますので大した違いは有りませんので、問題ないのですが昔は筍も塩でした。
現在は砂糖で包んで袋か容器に入れて冷凍します。料理店では砂糖で保存しているでしょう。
ただ、5年以上の花瓶などは次ぎの要領を護れば問題なく夏冬でも使えます。
青竹を維持したい場合には上記の方法を使います。

竹はこの様に繊細で微妙な性質を持っています。そしてその素材の影響を大きく受けます。
そこで、使用と保管の最大の注意は太陽の直射光を絶対に避ける事です。
日の当るところとそうでないところの差です。温度差が出て100%割れますし色素が抜けます。日の当らない影の温度の低い一定の所を選ぶ必要があります。
竹筒の中には水は絶対に直接入れないことです。
ペットボトルなどの何かの容器に水を入れて花を生けることが必要です。
直接入れるとその水分の内側と外側の水分の量が違ってしまう為に割れが出ます。
入れるのであれば常に入れておく必要がありますが、竹特有の強い匂いがしますので好ましく有りません。
2ー4月頃には加工量の多い部分で多くが割れが出ますので、竹筒のペットポトルに水を入れて保管すると割れません。保管ケースに入れて置くことも完全な対策に成ります。
出来れば、保管ケースの中に砂糖か塩を瀬戸物の入れ物に入れて置くと尚良いでしょう。
保管中は長い期間に一方の部分に重みを掛け過ぎると割れに繋がりますので注意が必要です。
料理用として使う5年未満の竹の青竹の場合は冷蔵庫(10度)で保管すると次ぎの一年位は持ちます。ただし、保存袋に入れて保存します。取り出した場合はゆっくりと室温に戻して下さい。
普通に凍らせては解凍後割れますので出来ません。但し、砂糖をまぶして保存すると割れないで出来ます。

生花ですが、形も然ることながら自由にも生けると良いのではないでしょうか。
竹細工の竹には水以外には影響はないと思います。竹細工の「趣」を生かしてのものであれば。

昔の「侘寂の心」では、茶道や華道や書道や武道など「道」に繋がる心は、この竹細工のものを良く使いますが、それはその雰囲気に適しているからではなく、極めて微妙で複雑な技能と広範な知識を駆使して神経を注ぎ込んだ品であるからなのでしょう。
当然に、その物質の究極の特性を掴み成し得たものであるからこそ、その作ることも「竹細工道」であるからなのでしょう。
従って、これを使って生ける花も続けて「華の道」と成り得るのでしょう。

竹細工は、色々なイマジネーションを引き起こして作り、より難しく、又、より単純にとさまざまな形を素材の性質や模様や趣に合わして作る事にあります。
当然に、その時には、生花の形を連想して作ります。そして、その趣に合わせてそれに名前を付けるのです。
作っているときは、耳も聞こえないほどに、息もしていないほどに集中しています。
そして、それに合わして生けた時に、その趣が映えた瞬間は「自然の心姿」の喜びの頂点です。
シンプル イズ ベストです。このシンプルは「自然の心姿」と私は考えています。

終わりに
生花もつまりは「自然の心姿」の結晶ですね。
生花も買ってくる花では無くて「花作り」から始めるとより「道」を得られ良いのではとも考えます。
今は、生けるところまでは行きませんが、花つくり、庭作りのところで止まっています。
”何時か、生花まで到達したいな”とも思っていますが。今は竹細工は生花の人に差し上げるだけです。
ただ科学が発達するとそれに比例して、誰でもが知っていた事が特別な知識と成る事に大いなる疑念と焦りを感じます。当然に青木氏の歴史的史実も消えるのかと。
今回は忘れられた雑知識を、竹細工をサンプルにして、そのために敢えて雑学として書いて見ました。
忘れ去られる雑学をくい止めたいですね。少なくとも青木氏の歴史だけは。



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