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温暖化の裏話

温暖化の裏話
(Co2説の勘繰りとアメリカの苦悩)

「温暖化」に付いては、「温暖化の疑問」でレポートしているが、このレポートの中ではCo2説にCo2の特性から見て理論的な疑問が多くあると述べている。原因は「人口増加に伴なう地軸の変化」で温暖化等に依って起こっている全ての現象を理論的に説明できるとしている。(人口問題が大きな鍵であるとする説)

そこで、ここでは、矛盾や説明のつかないそのCo2説が何故に強調されていて、反論が少ないのかなど疑問が残るので、それを検証してみたい。(散文的に記述。)

確かに、アメリカの副大統領のゴア-氏の「温暖化」の貢献でノーベル賞を貰ったが、この事に付いて欧米の専門の科学者から異論が出されて、ゴア-氏の映画出演の行為等を批判している事は確かである。

そこで、私も同じ意見であるので、それをいろいろな面から披見させたい。

このCo2説を強引に誘引している問題は、アメリカにあると見ている。
その根拠として、次ぎのことが考えられる。

1 化石燃料(石油)が38年で枯渇する事。
2 アメリカ経済が行き詰まりに来ている事。
3 アメリカの世界に対する勢力に対する陰り。
4 オンリーワンのアメリカから中国、インド、ロシアの台頭に対する懸念。
5 紛争などを見るとその世界の政治的バランスが崩れ欠けている。
6 アメリカは環境問題での非難の集中をそらす必要がある。

以上等の世界状況の中で「温暖化」に付いては考えられている筈である。「温暖化」だけのテーマだけではない。

アメリカがこの様な状況に陥っているとすると、アメリカの国力或いは世界の政治バランスが崩れる可能性があり、由々しき事であり、アメリカとしては世界に対して当然に何らかの手を打たねば成らない筈である。

つまり、アメリカの権威が低下する事になる。もし、これ等の事が「悪のスパイラル」に陥るとすると、この事で世界の政治、軍事、経済のバランスが崩れて、世界に「騒乱状態」が生まれる事は疑う余地がない。必定事である。
そこで、上記の懸念材料を検証して見ると、アメリカの現在の立場が判り、その結果、対策の一つとしての「温暖化問題」のCo2説の誘引説が見えてくる。

もし、1番のことを取り上げても、化石燃料が38年で枯渇するという事が起こる事さえでも、「騒乱」は間違いない。
世界の国々に燃料が無くなると、生活程度と科学文化を元の原始社会に戻す事はあり得ず、必然的に各国の死活問題となり、その行動は経済力と武力による争奪戦へと発展する。
既に、アメリカの石油資本は世界各地で石油に変わる代替エネルギーの買占めに入っていると言われている。
多分、「話し合い」での争奪戦どころの話では無い。当然、自国民の死活問題であるので軍事力の背景を持って解決しようとするだろう。
そのためには政治と軍事のバランスが必要になる。
アメリカに限らず、中国だって同じた。中国は軍事力を上げている。台湾問題だけではなかろう。
台湾が独立することで軍事的解決だけで済ます事は出来ない。この場合は牽制策として用いる事に成る。同一民族に対して軍事力で解決は犠牲が大きい。多分、香港の見本に見られる様に、政治同一経済独立方式を採る事は間違いないだろう。
中国人というのは古来より過激な行動は採らない人民である。中国は多民族国家であり、毎日200位の騒ぎが村や郡単位で起こっているという。そう云う中で台湾に直接的攻撃をして戦争状態になれば背後が危ない。
中国の政治体制は統一国家とする場合、三国史の物語の通り、共産国家でなくては持たない国なのである。

つまり、この様な条件から他国(アメリカ)が介入しない限り軍事力は抑制力として使うだろう。アメリカは中国を認めている。しかし、本音は経済的にアジアで第2、3位の経済力と近代性を保持している台湾である。大事になるとアメリカとしてもアジアの政治バランス関係から見放す程の無関係ではなく得策ではない。
この様に、中国の軍事力の増強は、38年後までの近い将来に於いて起こるだろうと考えられるエネルギー争奪戦に控えた増強である事は間違いない。ロシアや北朝鮮との国境紛争にではない。

現に、日本の200海里線付近で、化石燃料となる天然ガスの採掘を強引に行っている。
このガス田を護る為には軍艦を廻す必要がある。しかし、それは出来ない。日本の領海を通過しなくては成らない。
日本がこの様な公然と軍艦がガス田を護るための通過行為を見逃すわけには行かない。
だとしたら、潜水艦である。現実に潜行息の長い原子力潜水艦が横行していると言う。
軍艦や潜水艦の通行を確保する為の硫黄島付近の中国の領有権の主張もこの一環であろう。

中国ガス田開発の領域から北に進んだ千島列島までのライン上にもガス田が広がっている。中国の様に強引にではなく、これは日本とロシアが大共同開発で解決をしている。そして、都市圏に運ぶプロジェクトが進んでいる。(今だ北方四島はとられている中で)
中国は、経済成長をエネルギーの面で支える必要がある戦略の下で、単独でアメリカの採掘企業と提携して堀進んでいるのである。(一度は採掘企業が手を引いたがまた採掘している)
中国の経済成長を支えるにはこのエネルギーの確保は最大の政治課題である。「38年枯渇」の石油には最早判っている以上は頼れない。
ロシアは今は自国産油の石油の利益で国力を高めているのである。これからの38年は莫大に石油利益が上がるであろう。
それにとりわけ、中国には化石燃料の資源は少ない。枯渇期には同じ政治経歴を持つ中国とロシアとの政治バランスが大いに崩れる恐れがある。(ロシアには科学力と資源物量がある。この事で中国は苦しい立場になりハンディとなる。)

この様に苦しい中でのこのガス田は、科学力に頼れない中国の国の「生命線」と成っているのである。「国の生命」を護るには「軍事力」でしかない筈である。
ところが、これを押さえたとしても、中国に更に大きなウイークポイントが2つあるのである。

先ず一つは、現在の経済成長の内容である。

中国の経済成長は60%弱の外資に依って成り立っている。この内、日本の外資は現在、毎年25-30%の引き上げが起こっているが、まだその内の40-45%は日本の外資である。つまり、中国の経済の25-30%を日本の力が占めている事になる。3年前の一時は60%にも成っていた。
中国の経済成長率は最新では11%程度であるが、この実質は日本資本抜きで7%となり他の外国資本を差し引くと5%程度と見られている。
(この為、中国は焦った。実績のある上海市長を抜擢し商務の責任者にした。この責任者は日本資本の引き上げを懸念して日本重視の提言をした。トップはこれを採用した。ガス田で中国は折れてきた。)
つまり、この数字の物語るものは、中国独自の経済力は外国の資本を引いた場合、40%程度以下となる。
そして、その40%の技術力はその40%の半分程度の20%程度と見られている。
この数字から見ると、3年で20%低下したのだから、後2ー3年で中国の40-45%の日本外資は無くなると見られる。
この時期はオリンピックと万博での建設ブーム景気が終わる頃と符合一致する。
殆ど中国経済は外資とオリンピックと万博で支えられた3バブルである。

この「附合一致」は一体何を意味するのか。
先ず、中国は共産国という認識を念頭に考える必要がある。
3つのうちの2つの企画は国が行うプロジェクトであり、この周辺に住む250万人の住民は全て立ち退きで、この為に、住まいとして団地を作る必要がある。限定した私有財産しか原則として認めていない中国の国が作り出した建設ラッシュである。自由主義陣営の民間の需要に支えられたラッシュではない。
明らかに、100かそれ以上の速度で走った経済は自国力40%の経済の作り出された落差とでボトムが必ず来る。つまり、バブルである。
そのバブル後の中国は石油枯渇が絡みかけているのである。
どのように成り、どのように出るかは目に見えている。頼るは、経済(バブル)でも無し、政治(共産主義)でも無し、最後の切り札の軍事力の背景しかない筈である。

比較として、日本のS30年頃から始まった経済成長は独自の開発力がその成長の鍵であったし、その鍵で、現在、アメリカの基幹産業の綜合産業の代表の自動車産業もGMに追い越すほどのトヨタであり、ヘルメットから始まりテレビ、電算機までアメリカのGEを始めとする電気産業を踏破したで家電業界であり、尚も現在にも於いて続いている。
日本の成長はこれ程の中国の外資の力程ではなかったから、脅威の経済成長を遂げたのである。中国と根本的な違いである。

では、”何故に高速で走ったのか”である。
日本が中国に投資する理由の一つは人件費である。約10倍の経済力の差があり、中国で作り、日本に運んでも利益率が確保できる算段でこの数字が成り立っているが、年25-30%の日本への引き上げ理由はこの差が成長で縮んでいることを意味する。また、資本投資して軌道に乗ると工場の設備をそのままにしての強引な立ち退き命令が乱発された事も一因である。
筆者の勤めていた会社もこの破目にあった。最新鋭のマシニング加工機10台をかすめとられたのである。
ここで、日本外資が引き上げた場合は、下駄を外された中国となろう。それどころでは無くなる。
経済成長を遂げると云う事は、元の為替レートの変更を余儀なくされる。益々と外資は引くであろう。
技術力の物真似で逃げると云う事が出来るとして40%の力が為替力で低下して30%ともなる筈である。
その様な国力でこの高速経済は持ち応えられるであろうか疑問である。中国経済バブル崩壊となるのだろうか。少なくとも、MAX18%もの高度成長率のツケは経済法則上で考えられる事は例外なく起こると見られる。

それでなくても、この「エネルギー問題」を抱えているのである。つまり、本題の「温暖化」と言い換えても良い。
もし、ここで中国経済が上記の検証から止まったとして見ると、「エネルギー問題」の消費力は低下して、「温暖化」は一呼吸つけると見られるし、人口増加の世界人口の10%を占める中国には歯止めが効く事になる。
当然に、中国を最大貿易相手国としているアメリカとしても大打撃を受けることは必定である。これで温暖化主要国の2つ国は低下する事に成る。

もう一つは中国の政治体制の共産国である。経済体制は資本主義で政治体制は共産主義である。矛盾がある。
「中国経済バブル崩壊」又はそれに近い状態と成った場合に於いて、共産主義は維持出来るであろうか。
年間200件も起こっている暴動や乱が大きくならないだろうか。現在は映像でも見たが暴動は殆ど射殺であるという。
こうなると、経済政治共に台湾問題どころの話では無いであろう。

なんとしても維持しようと出る筈である。その生命線は上記した様に「エネルギーの確保」に掛かってくる。
たとえ、40%程度の経済力でもこの「エネルギーの確保」さえできれば、生き延びられるし、大きくはならない計算となる。
その「エネルギー問題」は下記に例をあげるが、先ずは中国としては高度の無公害のエネルギーよりも、当面、枯渇する化石念燃料の石油に代わる代替の天然ガスであり、直ぐに対応が可能となるエネルギー源である。

日本やアメリカや先進国は高度の無公害エネルギーで対応して生き延びようとする筈である。
中国は外資の影響の強い経済体制下では無理である。

この天然ガス田開発はこの問題を抱えての開発の背景がある。だから、死活問題であるから軍事力なのである。
中国にしても、日本の経済力と技術力には(経済成長と成長に伴なう生産と公害を改善する技術)喉から手が出るほどに欲しい筈である。そこにこのガス田の取り扱いを間違うと日本の支援は困難となり難しい背景を持っている事を知っている。
ガス田問題の最中に、ロシアからロケットとその衛星システムのノウハウを受けて打ち上げたが、この目的も下記の高度な新システムを(アメリカも出来ていないハイビジョン技術など)日本から支援を得て獲得しようとする現われでもある。
今から打ち上げても低い技術力では大したデーターは得られない。学問的、科学的データーならアメリカや日本からも取得できる。国民の意識の高揚を図ったとしてロシアの技術であり上記の事で大した事は無い。目的は高度な新システムである。

検証する面を変えて、私は、日本のテロの対策として、インド洋域の燃料供給の問題も裏にはこの戦略があると見ている。
この領域に日米が軍艦を廻すのは、同盟国との洋上訓練と中国へのこの領域への牽制でもあると見ている。
ただアフガンのテロ支援や日本の喉元と成っている石油搬送ルートの警戒だけではない。
中国の潜水艦や軍艦の軍事力がここに出てきてその影響力を独断的に行使されると、日本とアメリカにとっては好ましくない戦略となる。アメリカはアジアの軍指令を日本に移してきたことも、沖縄の軍をフィリピンに移すのも表向きとは違う38年後を狙う裏の戦略(中国の封じ込め)がある。

中国が軍事力と経済力がこの地域で拡大するのは好ましくない。何せ共産主義である。
それには、アメリカにとっては軍事的に日本の海軍力がこの域で拡大して欲しい。それには関連国の軍隊との訓練が必要である。これは、38年後の近い将来、エネルギー問題(枯渇と温暖化)で、軍事的戦略の影響力が大きく左右する時期が訪れるからである。
イージス艦の情報漏れ問題もこの延長上にあると見ている。イージス艦の能力が将来の軍事力の決め手となるからである。
その最も優れている国は日本である。日本で製造する日本のイージス艦の性能と能力は段突であるからだ。
先日のハワイから打ち上げたテストミサイルを日本のイージス艦からの迎撃ミサイルで打ち落とし成功したことで証明している。
この性能を誇る成功は、北朝鮮への抑止力にもなるが、私は北朝鮮はジリ貧であり、中国の北朝鮮への牽制もあり、日本に撃つことは無理であろうと考えている。撃つような姿勢が見えれば、動きがあれば、事前に中国が侵略して北を押さえるであろう。
でなければ、難民などが押し寄せてくる。この例は西ドイツが東ドイツの崩壊で経済的に著しく苦しい状況となった事でも判る。今だ、ドイツはこの政治と経済の後遺症に引きづられていると言われている。
中国は上記した国内事情にもある中で、この様なことが起こった場合、政治的には国内の大暴動の引き金にもなり、経済バブルも起こりかねない。
資本主義のドイツはこの程度で済んだが、同様に同じ事が起こり中国が大変な事になるし、アメリカの北への侵攻の口実ともなれば、戦略上のバランスは崩れ、好ましくない体制が生まれる。一つの生命線でもあるのでアメリカが侵攻する前に情報を得て中国は絶対に押さえてしまう筈である。北朝鮮の北部は高句麗(後漢)と言う国であった。このことを全面に押し出して口実として侵攻する筈である。
北朝鮮に関しては、経済的圧力によりジリ貧とし、核とミサイルを撃てないようなところに追い込む戦略が最も確実でリスクの少ない方法である。核とミサイルの維持には管理的に莫大なコストが掛かる。今やもうその能力は無いのではないか。

この様に、一概に「温暖化」と言っても裏には軍事、経済、政治の裏がある。

この裏の背景を念頭に「温暖化」の「エネルギー源」の問題の検証を試みているが、そうすることで更に別の面が見えてくる。
「エネルギー源」に於いて、戦略的に、現在、それに対応できる総合的能力を持っているのは今や日本とアメリカであろう。
世界第2位の経済力と世界のトップの科学開発力と世界実質第2位の軍事力である日本はその力を持ってこの問題の解決に当るであろう。この2国は2国だけの熱源確保は世界の政治不安定化を招くだろうから、地固めのできる程度にゆくゆくはG7(ロシア除く)に慎重に火種を起さないように移転して行く事になろう事が予想できる。

その軍事力の切り札を証明する出来事が起こった。
先日のアメリカのハワイ沖から撃ったテストミサイルを日本のイージス艦から迎撃して打ち落とした力を見て世界の各国はここまで進んだ軍事力を持っている事に驚いたであろう。第一アメリカ自身も複数回のテストで一回だけしか成功していないのに、それも洋上でイージス艦でのことである。諸にアメリカが驚いているのではないか。
何せ世界で唯一4つの高性能の偵察衛星の持ち主の日本が、この進んだ迎撃技術を会得したことは偵察衛星と組み合わせればこれに追随できる国は無い。

この情報偵察衛星の情報はアメリカに提供している。この打ち落としたイージス艦の保有は、スペイン1隻、アメリカ24隻、日本6隻(更に超高性能4隻が日本の造船技術で追加造船されている)であり、先ず、造船技術とその建造費で保有できる国は少ない。これからは科学の集積イージス艦である。空母や原子力艦ではない。
この事はアメリカとして同盟国がこの様な力をもつ事が出来た事は、上記の1から5としての問題での手段の一つとして軍事力をここまで補完できた事で「熱源」のアメリカのハンデイを克服できる材料になるであろう。

そこで、エネルギー源には沢山あるので、取り合えず最も熱源として使用されている「発電」と言うキーワードで更に検証して見る。

「エネルギー源の種類」
従来の方式としては①水力発電、火力発電、天然ガス発電、現在の方式としては②原子力発電、最近の方式としては③風力発電、ソーラー発電、 次世代の方式としては④水素発電、エコ発電、未来の方式としては原子力に代わる⑤太陽レザー発電、etc.に分類できるだろう。

「水力エネルギー源」
従来の発電①は何処でも設備されている汎用方式であるが、これらは自然環境に大きく影響を与えている。現在の温暖化の原因とも成っている。

「火力エネルギー源」
水力は山林を壊す事から自然を広範囲で破壊する事で好ましくない。火力は火力の燃料として化石燃料を大量に使い、更に上空に公害物質を撒き散らす事に成る。何れもCo2の排出の根源である。

これが、温暖化の主原因説に利用されている本題である。

「天然ガスエネルギー源」
天然ガスはメタン(CH4)などを海中などから汲み採っているが、このガス源は地域的に限られている。
国際紛争にも成り、化石燃料の石油に代わるものとして注目されている。しかし、これもロシアなどの数カ国に利権が集まり世界の勢力バランスが変わる熱源として警戒されている。

これ等の設備は世界のたったG8国程度の開発能力に限られている。世界の汎用熱源とはならない。
つまり、化石燃料の熱源が枯渇するとその解決策にはならない。この二つは先進国の熱源にしか成らない。
中国はこの熱源の掘削に取り組んでいる。インドネシアやロシアなど多く産出するが、アメリカの熱源資本は世界各国で試掘して次の熱源とするべく懸命に成っている。日本もロシアと共同開発しているし、日本200海里経済区域の中国のガス田付近での試掘権を設定しているが、中国問題が出て国際紛争を避ける為に休止している。
中国潜水艦がガス田付近を潜行している様に、政治問題と軍事バランスの問題を一番はらんだ熱源である。

「原子力エネルギー源」
現在の発電②の原子力は熱源効率が良いが、放射能による危険や核爆発の危険や、軍事力の核兵器の転用による飛散問題が起こっている。その飛散防止の大きな要素として、三次元測定器と言うものがある。これなくして核爆弾は造れないのである。殆どの人は馴染みが無いので紹介する。
被検体を三次元的に測定が出来、それを数式、立体図表化出来て、超高度な計算が高速で出来て、瞬時に高度の確率や統計などの計算の出来る優れもので、最高のものは人間の知能の能力をはるかに越えている優れものである。最高機では世界に10台程度(日本で5台)で操作できる人は数人と居ない。これを操作解析できる者は高度な金属冶金などの応用物理、数学、統計、電子、CPソフト、の高度で幅広い工学と、CPで動くマシンニングの加工技術の熟達した習得と、その測定器機の高度な操作技術を習得している必要がある。
完全に使いこなせる技術者はアメリカを含まない日本だけに存在する者であろう。何故ならばこの条件の中にはアメリカが不得手としているものが多いからである。私の現役時代には日本のこの器機を完全に掌握している技術者は3人程度であった。外国にある器機では器機を操作だけはできるが解析は出来ない者であった。
そして、22度50%の恒温恒湿室で無埃無菌無振動の大部屋中にコンピーターがびっしりと設備され、コンピーターの中に人が居るという感じである。測定のエラーは実効値で10万分の1と言うものである。
核弾頭は八角形の筒の壁に電気衝撃を加えるガンを取り付けるが、この壁の穴の位置ズレと角度に小数点以下6桁のエラーがあってはならないのである。筒の中央の核物質に同時数万ボルトの衝撃を加えることで核爆発は起こる。一つでも狂えば爆発しない。その筒をこの測定器で統計分析や誤差の場所の特定とかエラー部の形状などを調整しながら製作するのである。
この測定器は日本の独断場で2つのメーカー(N社とT社)で、汎用(N社)とは別に、この超精密機は1社でしか製造できない。
日本のこの測定器が無ければ原子力設備や核弾頭はつくれないのである。
しかし、核兵器は世界の軍事バランスの崩壊と人類の滅亡の危険をはらんでいる。ところが、一つの日本メーカー(N)は汎用機の密輸で捕まったが今だ闇のルートがあるらしい。
(北朝鮮の核弾頭製造技術の実現はこれらの理由から先ず無理であろうと考える)
これが、現代の最大の世界政治の最大の問題である。

「風力エネルギー源」
現在の設備中の方式として、③の風力はあるが、熱源保持にはばらつきがあり、汎用方式とならない設備である。Co2等の自然に対する公害が無いとしているが、騒音公害が起こっているし、これも先進国程度のものである。仮に援助による仮設としても架設費用は莫大でそう大きくは進まないだろうし、補助的方式と見られる。自然の環境が左右して何処でも設備できる方式ではない。

「ソーラーエネルギー源」
ソーラーは開発途上であるが、現代は発電能力が低いし、自然気象でのバラツキがあり、それを直流から交流に変換する設備費用が掛かりすぎる問題も持っている。
世界が汎用的に使う方式ではなく限定した目的での方式と成ろうし、先進国の方式であろうし、補助的で限定した領域に使用されるものと成ろう。

補助的、限定的なものとしてのものであり、政治課題にはならない問題である。

「水素エネルギー源」
次世代の方式の④の水素発電であるが、無公害で、危険性が無く、無限的方式であるし、設備は大きくはならない。
未来の汎用熱源として期待されている方式である。何処にでもある水資源を活用すれば熱源として活用できる便利なものである。
水素と酸素を反応させる時に出る熱を利用した熱源であるので、リサイクルが簡単である。何処の国でも出来る汎用方式として現在の水力でローターを回転させて発電する方式から、水を分解し再び反応させる事で直接熱源とできる。
水資源は地球80%を占めているし、分解であるが為に水はクリーンになるし、開発リスクは少ない。最後はコストのリスクの解決となろうが、もとは自然の水利用であるので、解決は現在の水力発電をこの設備に置き換える事も可能であるので現実には問題は無い。
ただ、問題とするのは原理は百解でありプラント開発力に関わることであろう。
そうなると先進国のその意思の有無の動向とその能力となろう。

汎用的方式として期待される方式で現在、経済ベースに乗せる研究が先進国で進められている。近い将来、生産プラントは完成するであろう。

その完成で開発した国がその利権を握るものとして注目されている。

「エコエネルギー源」
エコ発電は植物の熟成過程で起こる植物性エチ-ルアルコールを利用して石油と同じく発熱源として利用する方式である。
植物の否利用材を活用する事で可能になり、無駄のないリサイクルの典型である。
熱源過程では正常な燃焼過程を踏めばCH3CH2OHであるので完全に分解熱源化する為に公害は出ない計算に成る。

つまり、木材や果実や他の植物の使い済み物、或いは切れ端等を粉砕して酵母菌を加えて熟成させて、この時に醗酵する発生Co2を分解させ、果糖化させ、ブドウ糖化し、最後にアルコール化するという酵母菌による糖化現象を利用しての方式である。即ち、酒類などの「醸造過程」を利用している事に過ぎない方式である。
問題は、その原材料の選択と、その粉砕の研究と、その原材料の醗酵率の問題とである。
原理は古来からの方式であるので問題は無い。システムプラントを作る事に過ぎない。

仮に、この日本の各地で行われている各種の上記の方式のテストプラントが、現実化して生産過程に載せられる事が出来れば自然に対して実に易しい無駄の無い夢のある方式である。
エチールはメチールと違い動物に害は無く、酒類の中にあるアルコールである。
これを燃料にするのであれば問題は無い。

ただ、この方式による現在の使用分全てをこれ全てに代替すると言うことは困難ではないかと考えられる。
逆に、無為無策の状態で否利用材を使うという事であれば、絶対燃料を賄う為にこの方式の為に有利用の食物までも使うという現象が生まれることが考えられる。そうなっては元の木阿弥である。
生産過程のこのため用の植林、又は農園を作り栽培し、既に枯渇した自然をより豊かに戻し、そこから計画的に醸造過程に移す方式であればリサイクルは可能に成る。当然人口増加に伴なう増加の炭素酸化物はトータル的に出ない。

この方式は極めて世界各国の全ての国々の汎用的方式となろう。
むしろ、先進国の熱源確保の為に枯渇した自然を開発途上の国々は取り戻せるし、生活環境のレベルに向いている方式となる。
しかし、これは一重に日本、アメリカの科学開発力に関わることでもある。とりわけ日本の相肩に関わる技術である。
アメリカは直接穀物から栽培しての方式であるので、否利用材の開発はあまり進んでいないのが現状である。
直接栽培方式では結局は耕地面積の専有が起こり、その穀物の他への利用の分に影響を与える事になり、結局、別の形で「害」を生み出す事に成る。現在のトウモロコシの例に見る。

そこがアメリカと違う日本の科学力の優位性なのである。日本に期待される問題である。
その完成で開発した国、即ち日本がその利権を握るものとして注目されている。

「太陽レーザー熱」
さて、日本に於いて革命的な大変な技術が発明されたのである。
恐らく「21世紀の大発明」と成ろう。物理学のエントロピーとエンタルピーの定理がある意味で根本から覆される発明である。太陽がなくならない限りはこのエネルギーは枯渇は無い。
そして、その効率はこの設備の1基分が原子力の4基分に相当すると言うものすごいものである。全く危険は無く、無公害である。
これは日本の科学総合力の優位性がもたらしたものである。

では、その「21世紀の大発明」とはどう言うものか説明する。
太陽は物理の原子周期律表(109元素)に書かれている物質が核爆発を起してその熱を生み出している。その時に発する振動波が地球に届き色として発し、その時に出る「光子」が飛び散りそれが地球まで届いている。
そして、「光子」(光のもと:光の粒の元:原子と同じ扱い)は3*10の10乗の速さで飛来し、物体に衝突すると熱として発する。
その熱は太陽の表面の温度ではその光の強さとして表現すると6000ケルビンである。余りにも温度が高すぎる為にケルビンと言う単位で表現している。それでは判り難いので、ほぼその温度は6000-7000度C程度とする。これが地球に光子として届いている。
太陽は核爆発で最終は鉛となり放射能は無くなるが、当然、放射能も飛来して来ている。この放射能は地球に取り巻く3層の成層圏(0-95K、95-500K、500-1000K)にて遮断されて地球上に住む生物に支障が無い程度に弱くなっている。
この飛来した「光子」を地球で捉えるのが、光(光子)に反応して電子を発する半導体を利用した「ソーラー発電」である。
この方式は直流であり、低圧であるので交流変換と変圧が必要になる。変圧は12Vからの変圧であるので10ー20倍の変圧率となり、コンバーターとトランス上の設備が大きくなるので、これで以って配電するのは困難となり、論理的に局部的な使用の限界が起こる。
しかし、これでは上記したように、完全実用には課題が多く、限定した部分利用となろう。汎用的ではない。

これを解決したのが、「21世紀の大発明」である。
これを仮に簡単に表現する為に「太陽レザー発電」とここで代名詞をつける。

最も、この方式はつい最近にその原理によるプラント設備の成功が成されたのである。まだ、数ヶ月も経っていない。
そして、これは、日本のロケット工学の実用に成功した事による。

宇宙開発機構から三菱重工業が引き継ぎN型ロケットの実用衛星の成功に繋がっている。
昨年、やつと4基の情報偵察衛星の失敗なしの打ち上げに成功して、世界のロケット産業の遅れて仲間入りをした。
実は2基打ち上げ後トラブル失敗が続き、日本のロケット産業の将来を懸念されていた。
その失敗の内容は技術的には大したことではなかったのだが、それは物理技術者としては常識の知識である筈で、それがなされていなかったと言うのである。
念のために、というのは、”噴射口のところのスカート部分の溶接が剥離して度々損壊した”という事であった。

余りにも、呆れる事なので特記する。
その技術とは、溶接をすると、溶接された部分とされていない部分との境目に羽模様(樹枝状の組織)が出来る。この部位には急激に溶接の温度を上げるので、温度によるストレスが溜まる事と周囲との金属組織が異なる為に、力学的にストレスレイザーが発生する。
この問題となる樹枝状の部分をボンド部というのだが、このボンド部に熱による繰り返しのストレスとロケットの振動が集まり疲労破壊が起こる。この場合の疲労破壊の破面は他の繰り返し破壊の破面と異なる。
破壊破面は破面工学と言う学問があるくらいに必ずその特長を持っている。指紋と同じに。
専門の人間が見れば直ぐ判る事なのであるし、技術者ならば常識であるのだが、それが原因で何度も失敗を繰り返したのである。

その原因を見つけたのは、なんと”三菱の40年溶接専門の技能者が指摘した”ところから判ったというのである。
指摘するのであれば、”初めから専門家であれば指摘せよ”と言いたいのである。
この原因の対策は簡単である。”アニ-リング”(応力除去焼鈍)と言うものを施せばよいのである。応用物理をしている者ならば最初に習う事である。溶接による加熱温度の約60%程度のところで、溶接後バーナーで過熱し直せば無くなるのである。
これをせずに図面に書いていなかった為にそのままにしたという事であろう。”実仕事をする技能者のプライドが無いのか”と思う。私は打ち上げが失敗し、”スカートが破壊した”と聞いたときに直ぐ判った事である。
後のニュースで、でかでかと”三菱の40年の技能者が指摘した”と報じた。誰でも、技術者や技能者は知っていることである。国家予算を使った超高額のロケットの失敗を隠す為の言い訳、即ち世間の非難をかわし、且つ図面上のミスを隠す為の三菱のパホーマンスであった。三菱自動車のリコール問題と同じである。体質であろう。
それを無くすることでロケット本体の失敗は無く成り、アメリカも出来ない世界初の最新鋭の4基の情報偵察衛星の成功
に結びつき産業化は成った。この間1年間かかったのである。

この様な経緯があり、N2ロケットは成功し、この「太陽レザー発電」のテストプラントに繋がったのである。実に無駄な失敗であった。
さて、この「太陽レザー発電」とはどのようなものなのであろうかを簡単に書くと次の理論となる。

上記した様に、太陽は6000ケルビンの光の強さを成層圏を通してコントロールされこの地球上にまっすぐに降り注いでいる。
この6000ケルビンを何らかの方法で捉えて、効率よく地球にダイレクトで届ける方式を考え出せばよい筈である。
光子(光)の量と強さの効率を下げるのは成層圏であり、特に0ー95キロの第1成層圏である。
次に、光子を集めて光と同じくらいの速さの超高速で送る手段である。
そして、それを効率よく受ける手段である。
それを効率よく熱源に変化させる手段である。
最後に、光子と反応を起さない同質の質を探ることである。
これらの条件をかなえるものがあれば可能となる。

それは二つのものを組み合わせることで解決する。
一つは、上記のロケットと人口衛星である。
二つは、水晶体に超高圧をかけ超振動を発させて起すレーザー光線である。
水晶体の結晶を通す事で最も高い良質な光線を発する。

昔45年前はこの水晶体からレーザー光線が出せるとは誰も知らなかったのである。
その発見の経緯が面白いので余談として述べる。
ある科学者が高圧をかける別の実験をしていた。そして、休憩時間に実験をそのままにして休んでいた。帰ってくると緑色の光が実験室のところで走っているのに気がついた。高圧機の電圧が側にあった水晶の着いた器具に当っている。つまり水晶に電圧が掛かっているのである。その緑の光を調べる為に紙を当ててみたところが紙に穴が空き局部が丸く燃えたのである。紙が燃えるような高エネルギーの光が偶然に作り出せたのである。この科学者は元の実験を取りやめてこの緑の光の研究に入ったのである。論文を出した。直ぐに取り上げて直ぐに利用する部門が出て工夫が出てきた。軍部の研究機関であった。それは軍事兵器への転用であつた。研究費は潤沢である。この研究はこの軍事関係に依って広がり進んだのである。

そして、今やこのレーザー光線は工業界では各種に頻繁に汎用で実用化されている。
レーザーは太陽光線の中にも含まれている光線であり、むしろ、光を一局集中させたものと考えられる。一般的には太陽光といった方が良いかも知れない。「人工太陽光線」とも言える代物である。

昔、子供の頃に夏場にレンズを太陽の方向に向けてその光を紙に当てると黒紙が燃えると言う実験をした事を皆さんは覚えていると思う。簡単に言えばあれである。
白い石英(シリコン)の結晶体の水晶の結晶は透明である。レンズと同じ働きをし、且つ特殊な超波の波長を出す。それを上記の水晶体で人工的にその光を作り出し集めて一つの緑の光線としたものである。レーザーは光の一種であるので光の速さと同じである。シリコン半導体も99.99%の水晶である。
つまり、この硬い鉱物の水晶は電圧をかけると電気を通し、特殊な光を発すると言う事である。その電圧の高圧と低圧の掛け方でその特質は変わると言う事になる。

この水晶は主に「ナメ石」という何処にでもある土壌体に存在する。「ナメ石」は山の土が雨風にて粉になり山の重力で加圧されて固まった土の地層で、斜めに手で押すとスベリが起こり簡単に脆く壊れる。山崩れの起こる地層はこの土壌体である。
この中に不純物を多く含んだ石英(シリコン)がこのナメ石の地層に流れ込み加圧で結晶化したのがこの水晶である。その鉱物が珍しい特性を発揮するのである。
このレーザーに限らず、半導体としても今ではなくては成らない近代化を推し進める珍しいが何処にでもある鉱物である。
この物は人工的にも簡単に作れる。皆さんも日常この物に接している。それはかのガラスにも多く使われている汎用物質である。その主な水晶(シリコン)の採掘場所はカムチャツカの東岸壁には純度の高いシリコンが採掘される。ロシアの特産物でロシアはこのシリコン(と石油)で経済が活性化したのである。
製造過程にはこの様な鉱物であるので公害は無い。

その性質を利用して、例えば、そのレーザーの強さと量をコントロールして、精密に自在切断する所に、センサーの役目、精密測定器機、etc、精密部品なら先ずどこにでも使用されている無くてはならない石である。
45年前ではまだ研究段階であった。45年前に私もその基礎研究の手伝いをした事がある。現在の使用には何の問題も無い。後はこのシステムをどのように組むかである。日本のソニーが開発したダイオード半導体から変わったシリコン半導体は今や人工ダイヤモンドや量子チップに代わろうとされているが、まだまだ益々利用範囲が拡大するであろう。

さて、このロケットとレーザーの特長を述べて判断の一助として頂き、そのすごいシステムに入るとする。
方法は、先ずロケットを打ち上げる。衛星を出す。この衛星で太陽からの光をパラボラのアンテナで受ける。この受けた光を集める。レーザの光線銃に光を乗せる。このレーザーを地球の発電ポイントに送る。地球の発電ポイントで6000ケルビンの光をジェネレーターに入れて発電する。簡単に言うと以上である。

成層圏であるので、光の強さにはロスが生まれない。
この光の6000ケルビンは太陽がなくならない限り無限に届く。
レーザーであるのでピンポイントで受ける事が出来る。(0.5mm程度のエラー)
地球で核の爆発を起させる発想の原子力発電ではなく、太陽で起こる核爆発で発生した熱量を地球に取り込む発想である。
この場合、地球のでの原子力の強さは通常1500ケルビン程度のエネルギーであるので、この太陽光発電の1基で原始力発電の4倍に相当する。

レーザーは太陽光線の一つであるので高温に絶えられるので設備的には簡単で済むし危険はない。
つまり、簡単に言えば、地球で核爆発を起させてそれを制御して熱エネルギーを吸収して変換し発電ローターを廻す方法を、太陽でもともと核爆発して発生した熱エネルギーを地球にレーザーで送るシステムである。実に素晴らしい発想である。そのレーザーの光搬送エラーは0.5ミリのピンポイントであるので全く危険は無くなる。廃棄物等もまったく無い。

何はともあれ、ロケットと衛星が出来たとしても、偶然の出来事で発見された太陽の光の一つのレーザー光線が開発されなかったらこの方式は生まれなかった。そして、段突のレーザー精密器機の優位性がこの方式を発見したのである。
それも、下のコスト検証は日本的らしい。日本の最高技術力がこれを成したのである。
将来、原子力艦船がこの方式に変わる事に成ろう。そうすると莫大なエネルギー源で走行距離の限界が無くなる。それを使ったイージス艦となればアメリカと肩を並べる軍事力ともなるだろう。
最早、植民地政策が終焉して大戦は無くなり、局部戦となり、その軍艦保有台数では無く成りつつある時代である。世界が躍起になってイージス艦情報を集めているのはこの背景があるからである。

(発電の設備的経費と廃棄物の管理経費と危険必要経費)*4>(衛星打ち上げ費と衛星費)*1で済むので問題に成らない。
4倍というメリットと廃棄物の危険がないのが大きい。

どちらもアメリカが先行したが、遂には月の探査衛星や4つの情報偵察衛星はアメリカを超えた技術力である。
昔、アメリカが打ち上げた月探査衛星は日本の月探査衛星で全てのデータが塗り替えられ鮮明に成ったと言われている。
そう云うことから、ロケット打ち上げ能力と衛星製作能力の技術力のある先進国の発電システムになろう。
実質、現在では日本とアメリカでしか無い。後は先進国に技術指導となろう。

さて、これ等の結果を検証してみよう。

①水力発電、火力発電、天然ガス発電  温暖化に影響あり 天然ガスは限定利用 生産国に限定保有 開発途上国が維持
②原子力発電        核不拡散問題あり 先進国 中国、インド等に適用 途上国に拡散中
③風力発電、ソーラー発電  温暖化に影響なし 発電能力から限定利用 先進国に適用 開発途上国は援助保有
④水素発電、エコ発電    温暖化に影響なし 発電能力から限定利用 先進国に適用 開発途上国は援助保有
⑤太陽レザー発電      温暖化に影響なし 先進国が専有 戦略上、技術上、価格上で適用は不拡散

この内容から発展途上国は①以外に代替エネルギーとして温暖化防止の手段は無い事が分かる。
後は、せいぜい、②の天然ガスの利用となるが、これも利用するまでの設備費などを考えると困難と見られる。
これは、中国、インド等の経済発展している国と生産国に限定されるであろう。

③、④に付いては、温暖化には効果抜群ではあるが、発電能力とその費用ととが問題であり、全面的解決にはならない。
先進国からの支援での保有が条件となろう。しかし、全面的支援は莫大な資金が必要となり、先進国は排出ガス(炭素酸化物28-68、窒素酸化物30-58、硫黄酸化物48-80が温暖化に影響>空気28.8)の買取制度での範囲となる事は間違いないので温暖化防止の効果的対策にはならない事になる。

⑤はあらゆる面から最も優れた方法であるので、仮に、何らかの方法で人間の利害を飛び越えた域で、世界に汎用されるとするならば、地球は元の自然環境に戻り、このあらゆる内容に絡んでいる温暖化問題は解決するであろう。
但し、これは”世界人口を減らさないで”の前提条件が付く事になる。
それは、世界人口が増える限りに於いて、その世界の国の各々の生存に関する利害が絡み、上記の検証でも判る通り人間が考え出す知恵や技術では限界があり、これだけ増えた人口問題(地軸の傾きも含む)の解決は困難であろう。

人口問題の解決が、全てのエネルギー源の使用を制限する事が出来て、その結果、自然が保たれ、温室効果に関係する重量酸化ガス(28.8以上)の排出は押さえられて、自然が持つ絶対値的な光合成の能力の働きでこれ等が解決の方向に向かうだろう。
そして、この結果、1940年頃の人口(50億ー55億)に戻り、「地軸の傾き」と「エネルギー源」の変化が起こる。
温暖化の大元の地軸は22.8から22.5程度を維持し、太陽の光の当る域を赤道上に戻し、地球の太陽をまわる軌道の楕円化を戻す事が出来る事になる。

ところが、②から⑤のエネルギー源は一重に先進国の国情に掛かっている事になる。
この先進国のエネルギーの使用量が全体の60%を占めているとすると、これを先進国の努力(②から⑤)で解決すれば現状は維持出来るとなる。
しかし、そう上手くは行かない。一つは、上記した戦略上の問題がある。二つは、人口増加率は後進国(中国とアフリカ等)にあるからだ。(先進国は減少している)
この地域で人口が増え続ければ、結果として、エネルギー源の使用量は先進国の努力の使用分を食い尽くす事に成る。

この人口増加は温暖化よりもっと大きい問題である。
それは上記のような代替的な科学的解決は困難であり、人口が85億付近(詳細は「温暖化の疑問]参照)に達すれば地球そのものは駄目になる。後の絶対値は20億の残りしか遺されていないのである。人間が住める状態までの範囲であれば寿命は100年程度であろう。その前の半ば50年程度で「石油枯渇」がやって来る。
「石油枯渇」が来れば生存を前提としての騒乱となるは必定である。そうなれば地球の「悪のスパイラル」が起こる。
後進国は木々を燃やして「エネルギー源」の確保を行い、植物は食物として人口増加により瞬く間に食い尽くし、益々自然は減少し光合成の量は低下し、先進国は木々を燃やす生活程度に慣れていないことから、武力を以ってエネルギー源確保に当る方向へと進むだろう。そして、人間の本能は子孫を遺そうとしてより多く産み確率で子孫を遺す事に走る。既にアフリカは経済的に見合う子孫ではなく確率のこのスパイラルに入っている。
この周りに与える相乗効果(人口増加、自然の破壊)でスパイラルが起こる事になる。これが「悪のスパイラル」と言うものであり、これが起こるともう止められない。
私は既にこのスパイラルの入り口に入ろうとしている変化点又は分岐点に辿り着いていると見ている。

人間だけがこの地球上で唯一知恵を持ち「無から有」に成った生物である。「自然淘汰」の定理に従わなくなった生物である。
知恵でその生命の糧を作り出す事が可能と成ったが、ここで近代に入り「産業革命」が起こり予想外に科学的欲望が進み、その弊害が生まれたのであり、それがここに来て「温暖化」と言う問題に直面した。
なんと急激に300年で45億から65億になったのである。この300年前の300年は各地での騒乱にて人口は現状維持か減る方向にあったと言われている。全体として今と比較すると未だしも「自然淘汰」の原理が働いていた時期でもある。
その後、明らかに科学による文明の革命が起こった結果により、さらにその革命は双曲線で起こっている。一次の比例線から二次の微分線へ、そして、三次の積分線へと科学進歩は進んでいる。
皮肉にも、その糧の確保の知恵と同様に、その科学でも上記の②-⑤の様な科学が生まれてきた。すごい生存に対する知恵と見るほか無しである。

多分、この様な検証から、「エネルギー源」の①から⑤までの割り振りでは解決は困難ではないか。矢張り、地軸問題にしても、復原的に起こる「温暖化」問題にしても、元の人口を減らさないと無理と考えられる。
つまり、その理由は、世界の人口増加に伴なう対応する科学の進歩は、生活の糧としての確保と違い、追いつかないのではないか。追いついたとしても限定した範囲のものとなる事が確実で、この格差はより拡大するだろう。
科学技術国は益々科学で対応し、農業国(否科学国)は、先進国の科学の供与はあったとしても範囲と量は小さく、益々と自然に頼る生活となるだろうからだ。
その前に地球は駄目になる時期が来る。
人間(85億の人口)が、地球の引力と地球の回転遠心力との差で、宇宙へとロケットのように飛び出してゆく事に成ろう。そして、理論的には20億人が飛び出し終わると、再び地軸が戻り、楕円運動の軌跡が円運動へと戻り、元の地球の自然へ漸次に戻る事になる。急には悪くはならない代わりに急には戻らないので、犠牲は半分程度にもっと大きくなる。

仮に、20億人を月世界に移すとしても、今度は地球の衛星の月が最終は重くなり、地球とのバランスが崩れて、地球との軌道は狂うので矢張り駄目である。地球と月のバランス関係は地球の自然に与える影響は大きく、特に人間の生理機能は崩れ滅亡のスパイラルとなる。
日本とアメリカの火星探査衛星で大分判ってきているが、水分が地中深く潜って圧力で固体の氷となっている事から想像すると、火星はこのスパイラルの終焉ではないだろうか。

ところで、この問題を洞爺湖サミットでの会議で解決する事はあるのだろうか。
それはアメリカの出方一つでなかろうか。そこでアメリカの苦悩を次ぎに少し検証して見る。
アメリカは化石燃料の利権を世界各地に持っている。この事がこの問題にあらゆる面で大きく左右している筈である。
その利権は自国の分も含めて世界の60%だと言われている。これだけ持てば「化石燃料の問題」と「エネルギー源」はアメリカ次第となろう。

そのアメリカは京都議定書に批准していない。何故批准しないのか。その温暖化原因の多くは中国、インドと先進国が大きく出している。その先進国のアメリカと途上国の中国の排出の原因とは違う。
アメリカはその温暖化対策の技術力を日本と同じく持っている。かたや中国は持っていないで大きく排出している。
当然、この二つには異なった否批准の理由がある。
アメリカは、今、この排出量の批准をすると、その経済負担の為に、世界の経済のリード役の経済が大きく悪い方向に変化して「世界恐慌」の引き金になる。

何故ならば、サブプライムローンの住宅問題でも判る様に、初めから無理に支払能力の無い購入者に対してローンをつけて販売をしなければ成らない程にあって、アメリカの下降傾向の経済の景気を底支えをした所以がある。当然、当初からリスクを負っていたものが此処に来て破裂したという事であろう。つまり、時間稼ぎをしたと言う事ではないか。
もし、此処で、アメリカがこの批准をするとすれば、下降傾向に拍車をかける結果となる。その行く所は決まっている。世界の金融恐慌が起こると言う事になる。

そこで、少なくとも”先ずは時間を稼ぎたい”と成ろう。そして、その間、下降景気の底支えをしたサブプライムローンの金融機関を救う事である。それを出来るのは今やただ一つである。
ロシアが経済的回復を成し遂げている原因と同じく、枯渇間際の石油の高騰を操る事に依って潤っている石油利権からのこの金融機関の底支えをする事である。

つまり、先ず、石油の値段を吊り上げて、そして、その利権グループで生まれたドルをアメリカに戻して経済と金融機関を支え、さらにアラブの石油利権から銀行(アメリカトップの銀行)に投資させて何とか維持させる。そして、金利を下げて市中経済を活発化させる。しかし、現実にはアメリカのこの目論見は消えた。遂に、日本の三井グループの投資をしなくては持たなくなった。
更に、貿易第1位国の中国の金融機関が軒並みこのサブプライムローンの影響を受けている事が判り、メルリリンチの銀行を破綻させると風船の底に穴が開いたの如く間違いなく「世界金融恐慌」となる手前に来ている。
その時に、この温暖化の批准は好ましくない。枯渇石油のアメリカの利権そのものが潰れる。支え役のリード役が潰れる。中国経済も巻き込んだ世界恐慌が起こり、中国投資国は破綻すると言うシナリオが出来る。その直前に来ているのである。

「温暖化」と「世界恐慌」との間に追い込まれて動きが取れないのが現在のアメリカなのである。
中国経済が外資に支えられ、自己技術の低い40%国力で大きなオリンピックと万博景気が支えられているバブル的経済成長の中で破綻すると、これが政治的バランスを招き崩れて、「世界恐慌」から「政治混乱」へと突き進み、「石油枯渇」の「悪くのスパイラル」に入ると予想される。

もしここで、「温暖化」に対する排出量の枠組みに合意したとすると、その引き金を引く事になる。
絶対に出来ない事である事が上記の事で明らかに判る。
「温暖化」の対策は上記の分析でも先進国だけの対策となる事は明らかであり、その先進国のエネルギー源はこの後進国(途上国)の自然破壊で成り立っているのだから、最後には後進国から倒れ先進国が潰れて行くシナリオ事に成ろう。
私の説はこの温暖化(3つの酸化物)だけでは解決しないとの説を採っているが人口を減らす事がないと科学的にも納まらないと見ている。

人口問題に傾かず、酸化物、とりわけ、炭素酸化物、炭酸ガス(Co2)に話が傾いているのは、この枯渇化石燃料(石油)の利権、とりわけアメリカのリード役の国力の維持、できるだけ化石燃料の使用量を押さえて38年以上の年月をより長くに宣伝と喧伝とを繰り返して、利権を維持して「人口問題」を隠していると見ている。
夫々の大陸で発生している28ー68/28.8g(空気の3倍)の重い炭素酸化物の発生のバラツキがあるのに平均でもなると言うのだろうか、又、AVG4℃も上がれば熱帯地方の温度も60℃程度になり血液は沸騰し生物は死滅するくらいの温度に成っているのにアフリカはそうなっているのか。
この様に簡単にその現象一つ捉えても、そこに科学的な理論に無理がうまれているのであるのだが、お構いなしに、話をそらしているのである。

しかし、世界が仮に気がついたとしても、人口問題では、最も人口増加が大きいアフリカ大陸、インド大陸、中国大陸での問題となるが、中国は別の理由で「一人っ子政策」を推し進めている。しかし、人間の本能に基づくものであり解決は不可能であろう。兎も角、この二つの大陸の二つ国が世界でトップの経済成長を遂げている。
この二つの国が「温暖化原因」と「人口増加」と「経済成長」を組みあせた場合はもう無理である。
更に、アメリカが炭素酸化物に原因を振り向けて本来の対策を実行しない又は出来難いのでは無理というものである。

以上、
「温暖化の疑問」でレポートしたが、さらに進めて「温暖化」にはこの様な裏の話がある。
「温暖化」は「温暖化」だけでは動いていないのであると見ている。今の世の中のもの単独ものはすくないのでは無いだろうか。
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先祖と宗教(キリスト教の教え 9ー10 主題5)

では、キリスト教の設問として、⑧番の続き、⑨の問題の説明に入ります。
設問
① 他宗を少なくとも先ずは強く排他している事。
② 教えがかなり強引である事。
③ キリスト個人を神扱いにしている事。
④ 兎に角にも、”先ずは信じよ”である事。
⑤ 人は全て悪の子供であると否定する事。

5「仏教とキリスト経の妥協の余地」
⑥ 中間的考え(柔軟性)は無い事。
⑦ 全体が闘争的な発想に成っている事。
⑧ 特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。
⑨ 先祖に対する考えは全体として希薄である事。
⑩ 「民族的」と言う考えを認めていない事


⑨番目の事です。(先祖に対する考えは全体として希薄である事)
この事は当然のことかも知れないし、⑧での論文としても充分考えられる事であると思います。

「数理的、合理的、論理的」(以後、定理とする)であるとする事は、「先祖」と言うテーマに対して、この思考を入れた宗教にすると、「定理」であれば不確定要素の多い「先祖」に対して説明が付け難いことに成ろう。又、付けたとして教義の矛盾が生じるであろうと思います。

兎に角、「先祖」に対しては、前論で述べた様に、世界の多くの民族の「先祖」には、その民族の特異性が必ずあり、且つ、譲れない、否定出来ない、事柄を持っている教義に成ります。依って、キリスト教としては何処の民族でも通用する「先祖」に対して一つの定型的な「定義と教義」を作る事は出来ない筈であります。

一民族の中の教義であれば、可能でありますが、全世界に布教伝導と言う野望と言うか考えが有れば、共通項である事が望ましいと言えるでしょう。

その根拠として、次のような事に成ります。
そもそも、ヨーロッパは人類学上、元を正せば2つの人類猿から出来た民族で、その融合民族の合わせた3つの民族から原則構成されているし、それが、更に、その3つはヨーロッパを東西南北に分けた形で枝分かれの4-5つの民族の人類から出来ている事に成ります。
キリスト教はそう云う意味で、ヨーロッパの民族に布教するとすれば、民族的に統一性のある教義とする必要があり、遺伝学上の「思考原理」から、上記の定理の原則が出来上がると言えます。

この2つの理由は、その人類猿期の厳しい極寒の「自然環境」から来ていると言われています。
その2つに成った人類猿の原因は、この環境から生き延びる為に選んだ要素が「食種と住宅」であったとし、2つに変化したと言う最近の学説であります。

一つは、極寒の自然環境に対して、岩盤地域が多く草食に適する南地域に移動して、菜食と岩盤下の竪穴住居とそれを最も補える集団生活を選んだのです。
一方は、狩を中心として肉食の出来る北の地域を選択して移動して、肉食と毛皮に依るテント住居方式を取り狩を行う為に大きく一箇所に集団する形式は採らなかったのです。
この結果、後者は、むしろ逆に、積極的に極寒の自然環境を逆手に取った方法で生き延び、前者は、極寒に耐える消極的な手段を採った事により、生き延びたのは少数と成ったのであります。

それは概略は次の通りであります。
この時、環境に対する進化として、この2つに成った人類猿は、必然的に、その体型と骨格と生理機能を変化させました。
そして、この2つの人類猿に合ったその生活に於ける習慣と規則を創り上げました。
前者は、体型をより小さく丸くし、頭型は四角形とし、肩から後頭部に掛かる筋肉と顎に掛かる筋肉を異常に大きく発達させ食利用の事情に合わせました。
岩盤竪穴式から移動を少なくしてエネルギー消費を小さくし、暖房して身を守りました。この結果、生理機能の変化を少なくし、繊維素の衣服をまとい、現状の体型と生理機能を守った為に進化は遅れました。

後者は、体型をより大きく高くし、頭型は逆円錐とし、胸と肩に掛かる筋肉を大きくし狩に適した体とし、体全体を毛深くして身を守りました。そして、体の周囲に脂肪をつけ筋肉を守り、胎盤、腰盤を大きくし、皮膚の血管を中に入れて、眉毛を深くし、冷気を肺に直接入れないように鼻は長くし下向きにして、額を前に出して目を守って極寒から身を守りました。頭髪は雪日の光に適して茶髪とし、目は光から耐えられるようにブルーとして進化させたのです。

双方はほぼ逆の対策を採りましたが、極寒環境に対して進化を大きくした後者が大きく生き延びたのであります。
前者は、南地域に一部生き残り、一部が北に移動して後者の方式をとりました。この一部が、後者との血縁融合を図り、東に第3の民族を形成したのであります。
そして、遂には、この第3の民族と後者の民族との融合、前者と後者の境界での融合が起こり民族は形成されたのであります。

必然的に、その生活環境から思考の原理は異なる事に成りますが、しかし、その基盤となる自然環境は同じである事。極寒の範囲の活動も小さい事など人間関係の「しがらみ」は、共通する規則的条件が強かった事等から、思考する原理は、「自然と行動」の関わりから、又、精神面からの「しがらみ」が少ないことからも、進化として数理、合理、論理の共通の定理思考となったのであります。

しかし、これとは別に、アジアでは、このほぼ逆の自然環境から「自然と行動」も活発とされました。
(詳細は研究室の日本民族の形成過程の論文参照、また、 大化改新のレポートにも記述)
それ故に、仏教では、言うまでもなく、この「先祖」に対して真正面から「定義と教義」に取り組み取り入れているのです。
それどころではなく、この世の人間、そして、その人間が死して「4つのみ」から抜け出し、「仏」となり、遂には、「神」となるのであります。そして、この職神の神の元締めとして「万能の神」が存在し、この「仏」は自己の民族の「先祖」で有るとするそれを「教義」の大前提にしています。

仏教は、歴史的に、インドを始めとして、アジアを中心に東日本に布教して来ました。中国、韓国の儒教も根底とする教義の所は大きく変わってはいないのであります。
ただ、物事に付いて、仏教より「極端」というか「厳格」と言うか「硬直性」というか「明確」とした所があるだけであります。(江戸時代に一時活発になり、最後は禁令になりました。しかし、日本人の生活に深く残りました)


このキリスト教と仏教の差は、上記の様に、その民族の根源の差にあると見られます。極端に言えば、進化の過程の「猿の根源」の違いにあるとも言えるのです。
それはピネカントロプスとネアンデルタールの違いと成り、更には、コルボックスの移動経路の所に出来た民族と、極寒のヨーロッパ大陸の移動経路の民族の違いであろうと考えます。

そこで、先祖を教義に入れるアジアの民族の根拠は次の通りであります。
この件に付いては本サイトでも何度も記述してきましたが改めて概容を述べます。(研究室のレポート参照)

コルボックスの移動経路の所に出来た民族は、東アジア、南アジア、シベリヤ、アラスカ、北アメリカ、南アメリカ北部までへと移動しましたが、全てのこの民族は、元は全て、コルボックスの民族で一族で縁者兄弟であったのであります。
これは遺伝子的に証明されているのです。

日本の7つの民族の融合族の一部と南アメリカのインカ帝国の末裔との遺伝子は完全一致している事が国の機関で証明されています。(移動経路は同じところで分離した)
これはインカ帝国の末裔のみならず、その民族の人々と遺伝子が共通していることを意味するのであります。

そして、更に、この一つと7つのうちの3つと一部異なるがほぼ一致していることも判っていて、分離した南に進んだ一族とは元は一族が分かれた分離点のところでは縁者である事を証明しているのであります。

この様なことから、この7つの民族は結果として更に融合したが、その内5つの民族は、基は2つの経路から入った一族であった事が証明されています。
真に、これは大ロマンであります。
大昔、分かれた家族は長い年月の末に他民族となり、再び、一つのところで出会い、又、日本で民族を構成したという事に成ります。
日本人は7つの融合単一民族と成っていますが、突き詰めると、ほぼ一族分離点のところでは一つの民族であった事が言えるのです。

これは遺伝子の成す所以であり、人の成した所以ではないので有ります。

それ故に、「融合」と言う今だ世界どの民族も成し得ていない事を成し得たと言える民族なのです。
つまり、長い人類進化の歴史の中で、「先祖」が再び交じり合ったと言う不思議な事にも成ります。
この様な自然が一致したほぼ統一した遺伝子を持つ民族が成す思考は、環境から進化した遺伝子であり、自ずと必然的に同じとなるでしょう。

人類移動先で長い間にその元の「先祖」を祭り維持してきましたから、再会したとしても、同じと成れば、「先祖祭り」の遺伝子は共通したものとなるのは当然の事に成ります。
これが、「人-仏-神」とし、「先祖」をその教義の中核に据える教義としたのであろうし、仏教徒の民は遺伝子レベルからしても充分に納得しているものであろうと考えます。

況や、インディアンやインカやマヤ、アステカなどの文明もその原点に先祖を据えて崇め奉るという宗教行為をしています。
そして、天に届く高い塔を建て、天の先祖とのつながりのモニュメントを造り祭祀しているのは、同じ宗教行為であります。

特に、東アジアの全人類の「先祖」は、アフリカを出て、ヨーロッパ南岸を伝いアジア大陸を渡り、カムチャツカの東岸壁のところに辿り付いた家族で、彼らは北と南と西とに分かれたその時の家族と成ります。
この時点での「先祖」とすると、インカやマヤを含めた東アジアの民族も同じ「先祖」を崇めている事に成ります。
身を裂くような辛い家族の別れの中での事であったから、何れの民族も同じこの時の先祖に対する尊敬と崇めから「心の支え」とする祭りを続けて来た事に成ります。
その証拠に、人類上、最初に、この人類猿の北京原人の祖は死んだ先祖の墓石をつくりそれに花束を捧げた遺跡が遺されているのです。
ヨーロッパの民族にはこの花束を墓に手向けると言う行為の遺跡は人類となった時期の最近であります。
中でも、我が日本民族は、アジア民族の中でも「花」に対する意識が一際強くその花の多くは「仏花」として扱っています。
世界に紹介されている日本民族の教科書には、この事は書かれており、ふ大変「花」を好む民族で、その花に対する固有の文化を持っている”と紹介されているのです。全ての文化には必ず「花」の作法が添えられていると紹介されています。
つまり、「花」は「先祖」との「心の繋がり」の手段としているのです。
我々は無意識にこの作法としていますが、他民族にとっては格別な作法なのです。
それは、北京原人の遺跡から見られる様に、先祖への尊敬と尊厳の繋ぎとして、7つの民族が持つ統一した作法であったからであります。
大事な事は、人類猿が、「死者」に「墓石」を造り「花束」を手向けると言う行為の意味する所を考慮すれば、「先祖」と「仏」の教義の設定は、はるか宗教以前のものと成ります。

即ち、結論として、仏教の「先祖」「仏」は、人類猿からの元からの譲れないアジア人類の思考を超えた定理である事が言えるのです。

日本人と同じ遺伝子を持つインカ、マヤの文明の人たちの「象徴」が「先祖」であると言う事は、ヨーロッパの民族とコルボックスのアジア民族の思考原理の差の何物でもない事を物語る証拠と成ります。

この様に、仏教で言う「悟り」とは、「遠祖」からはじまり、その「先祖」の「生様の知識」を知る事により、そこに「驚き」と「敬い」と「感謝」と「崇め」の「心の念」を得る事にあります。
この「悟り」の範囲は、その「悟り」が「知識」と「理解」の域のものでも良いとしていて、その中から日々少しづつでも「真理と心理」を得られることが出来れば、それは「悟り」であるとしているのであります。つまり、「先祖」を知る事は「悟り」の第一歩と成るのです。

参考として。
キリスト教の創設一団(3人)が中国に入り、勉強して帰ったとする証拠が遺されていると文献で見た事があります。この中に、キリストが居たとの学説もあり、この時、「人-神」としていたキリストの教義を、仏教の「人-仏-神」とする教義を見て、同じにする事が上記の理由から出来ず、「魂」と成った「仏」に対して、そこに、「霊」というものを存在させて「仏」に見合うものとして「悪霊と聖霊」を造り、その「聖霊」の働きを強くして仏教の「悟り」と言うものを用いて「聖霊-悟り」として「人-霊-神」と修正したと言う学説も有るのです。
本来、上記に記述した彼らの民族構成上の所以から「霊」が存在すると言う思考はないのである。

参考として。
最近、アメリカでは、キリスト教の中で、仏教を信じる人、又は、興味を持つ人が急速に増加していると言います。
日本の食文化と相まって急速であると言います。
最近のニュースでは、仏教の先祖を真似てその価値を認めて、ルーツを調べるアメリカ企業が増えているとのことです。
余り、重要視されていなかった「先祖」を見直していると言うのです。


矢張り、これは、余りの世の中の付加価値の増加で、キリスト教が言う「数理、合理、論理」の式の通る世の中では無く成ったことから、人は心の癒しとして、先祖、仏の論理に目を向け始めた現われであると彼ら自身が認めているのであると考えます。
これは、別の面で、キリスト教がそのやり方で世界の国から嫌われている事への反省から、他の民族の譲れない教義を認識して居る証拠でもあり、架空の証明できない悪霊と聖霊の定義に対する疑問が生まれたのではないかと考えます。
そこで理解できる先祖と仏の定義に目を向け始めたと考えられられます。

ロケットで火星等の惑星の内容がわかる時代に、人間の脳医学の発達で2つの脳器官の存在が解る時代に、悪霊聖霊の論理は人を説得するに難しく成っているのではないでしょうか。
その点で仏は現実のものとして理解できるからではないかと思われます。

その意味でこの設問は意味があると思いますが、如何でしょうかう。


では、キリスト教の設問として、⑨番の続き、⑩の問題の説明に入ります。

設問
① 他宗を少なくとも先ずは強く排他している事。
② 教えがかなり強引である事。
③ キリスト個人を神扱いにしている事。
④ 兎に角にも、”先ずは信じよ”である事。
⑤ 人は全て悪の子供であると否定する事。

5「仏教とキリスト経の妥協の余地」
⑥ 中間的考え(柔軟性)は無い事。
⑦ 全体が闘争的な発想に成っている事。
⑧ 特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。
⑨ 先祖に対する考えは全体として希薄である事。
⑩ 「民族的」と言う考えを認めていない事


⑩番目の事です。(「民族的」と言う考えを認めていない事)
⑧や⑨番の内容で大方を説明していると思いますが、「宗教」と言うものがどう言う質を持っているかここで考えてみたいと思います。そのことで「民族的」の設問を解けるのではと考えます。

そして、それが、「民族として譲れない事」即ち、”その民族の特異性が必ずあり、且つ、取り除く事も出来ず、否定出来ない、事柄を持っている”と言う事を裏付けることが出来ます。

先ず、その前に、宗教とは、どの様な質があるかを考えて見ます。
① 人の悩みを救うと言う質がある。 環境と衆議の力で人の「4つのみ」と「しがらみ」を解き心を癒す事が出来る。
② 人の差、即ち、人格を作る質がある。 教義を理解し、世の成立ちを知り心理を得て人の格を高めることが出来る。
③ 心を沈める質がある。 黙然し念仏する事で心を冷静に保ち人の道を守る事が出来る。
④ ものの「理」を知る質がある。 教義から人間社会に必要とする「理」(条理)を把握する事が出来る。
⑤ 集団性を増幅させる質がある。 教義を基に民の心を統一して事を成す集団力を作りだす事が出来る。
⑥ 祭祀などの宗教文化を構成する質がある。 宗教行事から祭祀を通じて民の癒しの場処を作りだす事が出来る。
⑦ 殖産技能を発展させる質がある。 宗教行事からあらゆる技能の第一次産業を発展させる事が出来る
⑧ 独特な軌範を造り守り高める質がある。 教義から生活の軌範(信義、徳義、道義)を造り民を導く事が出来る。
⑨ 政治の基盤を補足する質がある。 教義から政治信条を模索して民の基盤を補足し安定させる事が出来る。
⑩ 生活リズムを起動する質がある。 先祖、仏、神を祭祀する日々のリズムから生活を築く事が出来る。
⑪ 病理薬事治療を治める質がある。 薬膳料理や食習慣や漢方薬などの開発や病理の解明などを進化させる事が出来る。
⑫ 記録的事務を編集する質がある。 過去帳や歴史の史実の編集などを遺す事が出来る。
⑬ 天象予測を成す質がある。 天と地の成り立ちを把握して気象情報などを予測する事が出来る。
⑭ 芸術文化を育成する質がある。 宗教的な目的から絵画、工芸等の芸術を発展させる事が出来る。
以上の様な事柄が考えられます。

①から⑭までの質を列記し、その注釈を記しましたが、宗教には人間社会のあらゆる場面にその力は浸透し、それが大きな基盤を担っていることが頷けます。

人の心から始まり、生活、技能、政治、工芸、芸術、科学、情報までに及んでいます。
当然、これ等は、その宗教の教義の範囲で発展して行くものである事は否めず、そこには、教義の独特な思考が大きく左右する事になります。
人間社会の多くの範囲に浸透したこの特異性は、子々孫々に引き継がれる事になり、⑨番の設問で記述した自然環境から来る遺伝的なもの以外に、遺伝子的伝承とするまでのものと成ります。

これを他の宗教、例えばキリスト教の教義が入ったとしても、これだけのものを変化させる力は無いと考えられます。
仮に、キリスト教に帰依するとしても、そこには「生活リズムの大きな犠牲」と、「民族の思考の歪み」を負担せねばなりません。
⑨番の論説と含んで、上記の事柄から遺伝子的思考からは逃れることは絶対にできません。
”遺伝子を自らの体で変える事が出来る”とはまさか言う人は居ないでしょう。
もし、居たとしたら、それは狂気とする以外にありません。

日本に居て、その遺伝子を受け継いだ者が、キリスト教を信じるという事は、遺伝子レベルから来る思考原理に歪みを負わせると言うことに成ります。
歪みを背負い信じることは自由であります。しかし、「歪み」を背負い「信じる」という行為は自然の行為とは見られません。
世界の他民族から警戒されている現象は、ここにあるのではないでしょうか。

米国では、最近ニュースでも紹介されているが、先祖を見直す事が起こっている事(青木サイトに2度4世の方から依頼があった)や、仏教に帰依する事、日本文化に親しむ事が増えているのは、真さに、教義に反発して”周囲と調和して「自然の信心」”を目指し始めているのではと考えます。

”汝 罪深き”悪の子よ 信じよ されば救われん” の教義から来る”「民族性」を軽視した”歪みを背負った信心”は一考に価するのではないでしょうか。

私は、「一考する」は教義の変更だけではなく、彼らの民族の持つ遺伝子をも変えなくてはならず、「不可能」の結論と成るのではないかと思っているのです。

もとより、「教義の良し悪し」の問題では無く、又、誤解で彼らのプライドを傷つけることにも成るので、但し、私の考え方の”周囲と調和して「自然の信心」を是とするのであれば。”を追加します。

① 他宗を少なくとも先ずは強く排他している事。
② 教えがかなり強引である事。
③ キリスト個人を神扱いにしている事。
④ 兎に角にも、”先ずは信じよ”である事。
⑤ 人は全て悪の子供であると否定する事。

①から⑤の「教義の違い」はある事の是非は別としても

⑥ 中間的考え(柔軟性)は無い事。
⑦ 全体が闘争的な発想に成っている事。
⑧ 特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。
⑨ 先祖に対する考えは全体として希薄である事。
⑩ 「民族的」と言う考えを認めていない事。

⑥から⑩に付いては、
「先祖」、「民族性」、「非合理」、「融和」、「柔軟性」の思考は、色濃く持つ事の是非の論議にもなりますが、ともあれ、我々日本人には、生活習慣の真底まで浸透したものである事だけは、(余りの当然性の為に無意識となり、)否めない事実であると思います。ともあれ、他宗を信じるという事は、日本人が持つ遺伝子的な違いを無視し、その結果伝統を意味する「歴史や先祖意識」が薄らぎ、「矛盾をはらんでの信心」となるのではないでしょうか。
政治で言えば、共産主義の「歴史否定」主義に匹敵するものであろう行為に類似するものと思います。

以上、「人-仏(先祖)-神」の「先祖」というものに対して、キリスト教と対比させて、「仏教」をクローズアップさせて論文を進めてきました。

本論は青木氏の投稿者から提示された疑問(主題1ー5)に関して、その中の詳細な議論(設問1ー10)に対するやり取りを整理して掲載したものであります。しかし、現代の社会に持つ病巣というかテーマが本ブログの「先祖」と言うテーマに合致していた為に、散文ではありますが、ブログをご覧になる方々に敢えて青木氏氏のHPを超えて提示したものであります。

本論中、キリスト教を対比手段として用いました事は、但し、キリスト教を低く評価するものではなく、「仏教」と「違う」という事を科学的論処と含めて明確にしたものでありますので重ねて注釈します。

「先祖と宗教」論文のその位置付けをご理解いただけたでしょうか。
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先祖と宗教(キリスト教の教え 8 主題5)

次は⑧番目の事です。(特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事)

5「仏教とキリスト経の妥協の余地」
⑥ 中間的考え(柔軟性)は無い事。
⑦ 全体が闘争的な発想に成っている事。
⑧ 特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。
⑨ 先祖に対する考えは全体として希薄である事。
⑩ 「民族的」と言う考えを認めていない事

本論の事の始めとなった投稿者のご設問の主要部を引用します。

先ず、”罪と悪は違う”の件”と、次は、”私は:人間は肉体を持った魂である。と解釈しています。肉体は朽ちて死にますが、魂は霊の存在に関わります。霊は人間ではありません。霊魂は様々です。悪霊もあり神様もいます。魂は霊に影響を受けます。聖霊は悪霊を近づけません。
人の魂は聖霊に導かれる時に真理を悟ります。---悟り--すなわち理解と解釈しますかな!”の2件です。

宗教論議は多分答えは出ないと思いますが、信ずる所であればよいと思います。

そこで、この説が、仏教とキリスト教の違いのところと考えます。

先ず、1番目の件では、汝 罪深き悪の子よ、信じよ さらば救われん。より、
”罪と悪は違う”の件”のこの分け方が問題です。
合理的ですね。
多分、日本では、仏教でも、罪は悪の中の一つの性(ごう)です。

仏教では、前レポートでも記述しました仏教の人の性(さが、ごう)即ち「大意の悪」としての「4つのみ」から生まれる「罪」は「悪」の所業の一つの形ですが、仏教では、人が持ち得る「4つのみ」は「罪」とはせず、それは、「性」(ごう、さが)で有るとしています。
キリスト教はこれを「悪」としていると考えます。
仏教では、本来、だれでもが持ち得ている「性」だから、故に罪では無いとしています。
つまり、これは「人としての有りの侭の姿」ではないでしょうか。
これを、仏教では、”殊更に「罪」「罪」とするな”としているのです。
この教えの影響を受けて、日本人は「悪の形」として分けないのではありませんか。私も罪は総意の悪の所業の所以の一つだと思います。
更に、進めると、仏教問答では、”仮に罪なるものがあるとするならば、それは日頃の所業の成す精進で消えうせる”としています。”故に拘るな”で有ります。
真実、実生活では、「ごう」(性)を成し、それを精進で消しているのでは有りませんか。すいません。ごめんなさいとして。そして、日々、仏壇の先祖の前で、正座するのではありませんか。
ただ「正座する」と言う姿は「座る事」の意味だけですかね
この正座と合掌は、「ごう」(性)の姿を「正す基本姿勢」ではありませんか。
神社参り、お寺参り、墓参り、法事、命日、日々の仏壇の前で、「先祖の仏様」に謝意、感謝の心を表現しているのですよね。

一度、我々は、特に還暦を過ぎた者は、先ず率先して、心静かに、日頃の自分の「生活の所作」の意味を見つめてみる必要がありませんかね。その一歩から社会と環境が変わり始めるのではありませんか。

キリスト教徒の彼らもクロスを切るのと同じでは有りませんか。既に、それで「罪」的なものを洗い清めている姿ですよね。
しかし、まだ、キリスト教では罪と悪を分けるとするのでしょう。合理的な教義の所以からですね。
しかし、どちらでも良いと思いますが。「人としての差」を無視するのであれば好みの範囲でしょう。

次には、キリスト教の”人間は、肉体を持った魂”に対して、仏教では”肉体と魂を持った”と成ります。
これも本レポートで記述しています。

”霊魂”の霊の設定ですが、仏教では魂は仏と成りますので、仏教では原則ありません。
これは、仏教では戒めのために霊を悪と聖に分けることがあるとするならば、それは「迷信の世界」の設定でここでは取り上げない別次元の事です。

先ずは、論議はこの「ご利益宗教」と「迷信宗教」とは別にする必要があります。

確かにキリスト教はこの霊を用いての法話をしてよく導く事をしました。若いときは納得でした。
しかし、歳をとり経験が進み世の中が見えるようになると、”変だな?”となります。

次のこの行のところですが、
”他次元に於いて、物質=エネルギーと相対の原理が成り立つ”
”霊は人間ではありません。霊魂は様々です。悪霊もあり神様もいます。”
”魂は霊に影響を受けます。聖霊は悪霊を近づけません。”
”人の魂は聖霊に導かれる時に真理を悟ります。---悟り--すなわち理解と解釈しますか”

では、以上の3つのことですが、「悪と聖」を分ける論法はキリストの説法方式ですが、仏教では「拘り」と成り、「人のなせる業」ですので区別せず同格です。

最後のお話ですが、
”物質=エネルギー”のお話が⑦-1のところにありました。
”相対の原理”に付いては、他次元世界の範囲内では論外であります。物理学は未確定の論域までの定理と定義ではありません。
「相対の原理」の範囲は「現世と彼世」との範囲では成立するものですが、現世の世界では論理的確認は出来ますが、一方の彼世の世界の中では、更に、この「相対の原理」は未確定の領域ゆえに誰もそれを論理的に証明する事は出来ません。ここまでの域まで「相対の原理」を持ち込んでの説法は飛躍があり理解が出来ません。

多分、論理性を教義に強める手段として、これの論法をキリスト教が説話する際に用いたことだと思います。確か、私も聞いた事があります。物理系の学生であったので、宣教師と大議論になった事です。

しかし、「相対の原理」は+と-の両極の原理を説いたもので、+の質があればその表裏一体として-の質があり、その質の当量は等しいとする定理です。(例 オス、メス)
「相対の原理」では、キリスト教が言う消滅は、物質を+とすると相対の-は消滅するところまでを意味しません。
ただ、しかし、論理的、物理的には、「エネルギー保存の法則」に従うと言う前提では-側をエネルギーに変換とすると消滅します。
つまり、-側をエネルギーとすると「物質=エネルギー」での式が成り立ち、逆に「相対の原理」は成り立ちません。

つまり、エネルギーとするならば、「相対の原理」ではなく、エネルギーは「エネルギー保存の法則」の定理によります。
この場合、この定理は「位置に関するエネルギー」と「運動に関するエネルギー」の2つの定理で成立し、この二つは等しいと成ります。この時、そのものの質の「質量」が「介在物」と成ると言う前提になります。

つまり、この「エネルギー保存の法則」の定理をキリスト教の教義では何処から見出すとするのでしょうか。
多分、「相対の原理」と「エネルギー保存の法則」と混在していたのではと考えます。この説法手段を用いたときには、まだこの定理が存在することが解明されていなかったと見られます。故に、この「時代錯誤の矛盾」が現在でも残っているのです。
(「時代錯誤の矛盾」とは、以下「時代変化による教義の矛盾」とします)

お説の「物質が消滅」する時、最終の形では、現代の物理学では、「エネルギー」では無く、全ての物質は「固有の波長」を出します。「波長」は「介在物」が存在しない限りエネルギーを出しません。
多分、この事も解明されていなかったところでしょう。
ここでも説法手段として「時代錯誤の矛盾」が遺されたままに成っている事に成ります。

無形のところから発した「波長」とは、太陽の表面の6000ケルビン以上の燃焼爆発で核分裂(物質の消滅)が起こり、その時に発する核の振動(波長)であり、これがこの地球上に届いているのです。
その時の波長が、物質に依って固有の波長を持ちます。(前論で記述)
人間に見える範囲では、色で見える範囲の可視光線であります。(400-700n)
「自然現象の無味無形の不思議さ」を以って説法手段としている事も「波長」として既に解明されています。これも「時代錯誤の矛盾」です。

仮に、更に進めて、この可視光線が空気中の浮遊物質と衝突の時に出す熱量をエネルギーとするとしているのでしょうか。
しかし、もし、そうだとするとこのエネルギーは「-の質」では有りません。
波長は振動です。故に質量を持ちません。この仮設も無理と成ります。

ただ、人間と言う物質が死したときに何らかのエネルギーを出すのかはまだ解りませんが、波長をフラッシュバックとして「波長」を出す事は前レポートに書きました。(センサーとしての「2つの器官」と波長としての「2つの脳波」)
しかし、この「波長」がエネルギーとするかは今後の解析に期待する以外にありませんね。多分ないと論理的に考えられます。多くの物理的定理は変更を余儀なくされるでしょう。

論理的に無い事ですが、ただし、波長、即ち、振動が、エネルギーを持つ事とすると、他の物体を「介在」しての条件で持つという定理になります。(他の物体とは例えば、質の質量です。つまり、波長に質量をもたすという事に成ります。)
簡単に言えば、波長がものに衝突するときには質量があるが為にエネルギーに変換するという論理に成ります。
しかし、これも(F=NCV)という定理があり、解明されており、他に二つの要素(CとV)が関係しての事です。
この仮設も含めてどの仮設から検討してもキリスト教のこの種の説法手段は「時代錯誤の矛盾」からは逃げられません。

もし、キリスト教が、物質=振動のエネルギー説とするならば、この「介在物」(質量)は何なのかという事に成ります。
これが第1の疑問の点です。
ここで注意する事は、+のエネルギーを持つものは上記の定理で消滅するという事です。
第2は「消滅する」の疑問の点です。

キリスト教の教義ではこの二つの疑問の仮設を解明しなければなりませんね。

では論理的に科学的に解明してみます。
人間という+の物質が死するとき、介在物が無いとしても、仮に-のエネルギーが霊(魂)とすると、介在物には永久エネルギー(エンタルピーとエントロピーの定理)はありませんので、霊は消滅する事に成ります。よってこの自然の摂理の事実からもキリスト教の霊は存在しないと言う説に成ります。
これも又、「永久エネルギー」の「時代錯誤の矛盾」で物理的解明が成されていない時に教義を裏付けて信用させたものであろう事が想像できます。

仏教では、エネルギー論は兎も角も、前レポート論でも私の不思議なエピソードとして記述しましたように、この魂の存在期間は7日としています。(初七日の法事です。)
現世での-のエネルギーがあるとして、消滅期間、即ち、エネルギー保存の定理は7日という論に成りますね。

この事は次ぎの論処に成ります
私は人間にはフラッシュバックとしては存在するのではと考えます。(前論で述べている)
センサーとしての「2つの器官」の解明もすすんでいると聞きますし、最近の脳波の研究も更に進んで、言葉の如く出る脳波の強弱と波種で、コンピーターとメカとを連動させると、人間の意思に添って脳から出る脳波を利用して物を自由自在に動かす事が出来る様に既に成っていますからね。つまり、これは現世のーエネルギーの存在が解明されつつあると言う事です。
前論の仏説の「2つの器官」と「2つの脳波」の解明では近い将来答えが出ると思います。

この点から見ても、仏教のこの種の教義が、「時代錯誤の矛盾」だらけのキリスト教より、比較にならない古い宗教の教義でありながら、「自然摂理」に叶っていることを意味するのです。
言い換えれば、仏教のその優秀さが科学的面からも証明されている事を意味します。

次ぎにエネルギーで空間を歪ませることが出来るというキリスト教の説法論のお話ですが、

確かに、歪ませることが出来ます。だから、キリスト教では、この歪ませるのが霊であるとして、その存在を信じさせるトリックとしていると思いますが。
しかしながら、但し、この場合の理論は、電位現象です。既に物理学では解明されている理論です。

そこで、再び、科学論です。

空間に存在する「チリや水分」などの遊離物質が存在する時に起こります。真空では起こりません。
つまり、エネルギーの+物質とその空間の間に存在する-の遊離物質との間で超電位が発生すると、この時、波長(電磁波)を発生させ、その波長の「周期差」で歪むのです。

地球の上空は3つの成層圏(0-95、95-500、500-1000)に分けられていますが、95キロ内の成層圏に存在する「チリや水分」には地球の-の電位(電圧の差)に対して、その上にある全ての物質には電圧がかかります。
この時、地球に対して個々の電圧が異なります。この時の生まれる電圧の差を電位と言います。
この物質「チリや水分」の集合体に対して、このエネルギー源が大きければ大きいほど電位差が出来て、結論として大きな歪みの電位帯が出ます。

この歪みはバランスを取ろうとして動き、プラスからマイナス方向の左方向に渦が出来始めます。
電位帯があるので当然に浮遊物質の渦が出来ると、回転方向に電流が流れ、回転方向の反対側には電子が流れ、そしてその時、電子が他のものを引き付けるために、回転体の中央に磁場がうまれ、その磁場の束として垂直方向に磁力線が出来ます。この時、この流れる電気の周波数を高めればより高い磁力線が生まれます。この磁力線に対して、この磁力線に抗して、物質を入れますと入れまいとして抵抗が生じてその物質に起電流が流れてエネルギーが高まります。つまり、電流電子の運動により衝突が発生し熱に変わることを意味します。簡単には台所のIH器機ですね。
(参考 V=AR W=VA J=0.24Wから力と熱量を計算できる:ジュールの法則)
大きくは宇宙のブラックボックスも概してこの現象ですね。(IH現象)
他の宇宙の星の物質が核分裂の末に死滅し、フラッシュバックが起こり周囲にその星の死滅物質が飛散します。
そのチリと飛散物質が上記の現象を起こしてブラックボックスが出来ます。そして、再びこのエネルギーで遊離物質が解けて物体と成り新しい新星が出来る事に成ります。

太陽から飛んでくる核分裂の固有振動が地球に届くのは、この空間に遊離物質が無い事から起こっています。遊離物質(チリと水分と空気)があると、遮られて弱くなり、衝突と歪みのエネルギーが発生して消滅してしまいます。

例えば、遠く他の宇宙から飛んできているフラッシュバックの時の振動のニュートリノは、地球などを貫く超波のこの現象で飛んできています。
地中深くにピュア-ウオーターの池に超感度光センサーを取り付けて、ここをニュートリノが通ると水分子(H)と衝突して歪みが出ると同時に、衝突するときに衝突の運動エネルギーが発生して蛍のような光が出ます。可視光線でも空中では同じ原理で色として見えています。

空間を歪ますのは「霊」のエネルギーの仕業であるとする証拠説のキリスト教説は、上記の「2つの疑問」と、第3の「振動であるか」の説明がつかなければ(尽く事は論理的に既に現在では無い)、昔はこれで騙し得たが、既に上記の物理的に解明されている現象ですので、これも時代遅れの説法(「時代錯誤の矛盾」)と成ります。
全てこの現象は科学的には証明されているのですから。今だ家庭の中にその原理を使ったものが入り込んでいる時代なのに、この事を知らない人は兎も角も、昔の未解明のままの論理で人を説得する事は騙した行為と等しくなり無理と成ります。

ここまでが、科学的根拠に基づく答えです。

ところで、これは私の論文の次の⑧のところで論じるテーマでしたが、いみじくも真さにこのキリスト教の設論の方法です。

以降、⑧番目の設問の説明とします。
(特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。)

キリスト教ではこの様な全体として比例式のように論理的です。わかりやすい説き方です。
若者には、論理的に受け入れやすい人には、好まれるものと思います。
仏教では、「色即是空、空即是色」ですから、何のことと成ります。
キリスト教では、悪と聖(善)とに分けると言う数理的合理的な説法です。
仏教では、「悪善」と分けずに、これも人の成し得た性(ごう、さが)として「拘るな」としています。

人間は、知恵を出し、社会に付加価値を大きく生み出しました。この結果、付加価値の少ない時代の事と較べて、物事の始末と結末が、合理的、数理的、論理的に判断できない環境と成ってしまったのではないでしようか。それだけに世の中は考える様には行かずに行き詰まり、うつ病やこれ等に絡む犯罪が増えているのだと思います。
多分、原始社会やローマ時代まで当りの社会では殆どの物事はこの定理で納まったと考えます。しかし、産業革命から以後、付加価値が増え続け現代に至って定理だけでは納まらない社会になったと考えます。勿論、自然の物理現象も解明が進み、人間が自然に考える思考の殆ど、80%程度はこの通常の社会定理(通念)が納まらない社会成っているのであると見ています。そして、社会通念はこの辺のところまでとし、次ぎは未経験の宇宙通念成るものが生まれて来る事もそろそろ始まる時代へと進むのではないでしょうか。
多分、化石資源を中心とするエネルギー源の枯渇と、中国、インド、ロシアなどの経済成長により鉱物資源の枯渇等の現象から、ソーラーやレザーによる衛星からの太陽熱源の活用と、月世界の鉱物資源の活用対策となる事は明らかですので、これからもどんどんと宇宙社会の新しい定理が生まれて、観念論だけの思考では生きていけないほどになると見ています。
既に現在のソフト科学に付いていけない人が多く成っているのではありませんか。

そこで、その完成社会は特にその中でも女性に影響を与える事になると考えられます。それは女性の生まれながらの「性」(さが、ごう)に大きく影響すると考えます。
前論でも書きました様に、女性は無意識下の深層思考(感情、勘定、妥協)に大きく影響してくると予想しています。
時代進歩の付加価値が増えれば増える程に、「感情」で処理できない現象が増え、「勘定」で数式的に評価が出来ない事態が出来て、「妥協」で処理し切れない始末が出て来ると思えるのです。
つまり、本来のあるべき自然の人間の姿(性善説的)ではない否人間的(性悪説)に近い思考が増えると思えるのです。
言い換えれば、「時代の進歩の付加価値」はある面でこの性善説を壊す事を求められるという事です。
男性にしても、社会の数理、合理、論理の社会の思考が先鋭化して、本来の性(さが:理想、合理、現実)であるにしても究極の思考原理が要求される事から脱落者も増える事と成ろうと考られます。

そして、どの様な社会が生まれるかと言うと、例えば、付加価値に依って”正しい事は正しい”と出来る社会は益々と低下してしまうと思うのです。
むしろ、”正しい事は正しくない事、又は最悪の場合は悪い事”の現象がその社会情勢の変化が先鋭化して評価基準が変わる時代となると考えます。
現代でも、、”正しい事は正しくない事、で処理した方が上手く行く”と言うそれが多く成っているのではありませんか。
少なくとも、精神面の思考では「正しい事は正しくない事」が起こり、「善と悪」の中間的な思考の”正しい事は必ずしも正しくない”という数理性、合理性、論理性の少ない評価基準の社会が出来上がるのではないでしょうか。

このことから、男女の若い者はこの状況に悩み、求めるものとしてキリスト教的な教義に向かうことが考えられ、中年者は思い悩み、老年者は上記した教義の特長から仏教に向かうと考えられます。
つまり、その社会現象に対して、「抗する派」と「同調する派」とに2分化する事になるでしょう。そして、それは「若年齢者」と「高年齢者」の2分化の観念の面に於ける社会が出来ると見ています。
観念以外は全て先鋭化した究極の「数理、合理、論理」の社会となると考えられます。既に高年齢者はPCや電子化の波に乗れなくなっている現実です。
更に、ICがソフトチップの量子チップかカーボンチップのハードチップのダイヤモンドチップが完成すれば、先鋭化の科学社会が出来あがるでしょう。つまり、そのチップで宇宙社会の科学が出来る事になり、この付加価値が増大して、高年齢者の脳の能力をはるかに超える社会環境が生まれると見られます。
それはコンピーターが人間の脳の能力と等しくなる程度かそれ以上になる事を意味するのです。同サイズと同量での量子チップの記憶量は人間の脳細胞と同じ記憶量だからです。
これは予想の域を超えて、日本では太陽熱を衛星で集めてレーザーでピンポイントで地球に送り、数年前までは永久エネルギーがないという定理だった事も、今では定理を打ち壊し太陽がある限りの前提で、永久エネルギーを作りだす事も既にプラントテスト域に入っているのです。

上記の社会進化の中では、キリスト教の⑧番目の設問とする”特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。”で、この方向に向かうと一般的に思われます。
しかし、本論の説でもある様に、日本人には、比較対比して来た内容のようにキリスト教の「時代錯誤の矛盾」などの多くの矛盾から、合理的な教義ではなく、仏教の教義に理解を示す方向に向かうべき方向ではないかと考えています。

だから、少なくとも日本人にはアメリカナイズされた数理的、合理的思考の現状社会から、野性的な感性から日本人は静かな心を呼び戻し、最近、山地水明の自然に戻ろうとしているのだと思います。
そして、それは今や、田舎にしか残らない上記の日々の謝意と感謝の社会へと帰ろうとし、今意識せずに国民全体が徐々に動き始めているのではありませんか。
況や、あのキリスト教全盛のアメリカでも仏教とその文化が見直されている皮肉な華頂現象が起こっています。信徒も増えていると聞きます。
同じ程度の科学の時代進歩を共有している日本では仏教の国である事から、ややその影響は鈍ることが予想できますが、大事なキーポイントは仏教のキーポイントを忘れない事であると考えます。
これさえ持ち得ていれば、何とか非常時代は避けられると考えます。ではそれは何なのかです。
言うまでもなく、私はキリスト教に少ない「先祖意識」がキーポイントであると考えているのです。
これが、科学進歩による数理的、合理的、論理的な要求に対抗できる概念であると信じています。

ただ、しかし、この合理主義は完全否定するわけではありません。その根拠を得る為に、生活の糧を得る為に仕事する上で、この部分に於いては、数理的、合理的、論理的な定理の思考を必要とされている傾向が、強く成っていると考えます。又、科学の進歩でこの世の幸せが増幅するわけである事は否めませんから必要ですね。
その様な環境(都会)の中では付加価値が強くなった為に、絶対的に必要です。
然し、これでは人はその様に出来ていませんので疲労して続きませんね。
又、この定理に弱い人(女性)も居るでしょう。そして、うつ病と犯罪が必然的に増えるでしょう。しかし、皮肉にもこれを救う手段は宗教理念のキーポイント「先祖意識」全本論のタイトルだと思うのです。

結局、{思考}と{生活面}共に、「2極化」しなければならなく成っている生活環境と考えます。
「合理と非合理」の思考、「都会と田舎」(仕事と癒し)の場所の二つに益々増える社会の付加価値のために、昔の社会と較べて、2極化しなければならなくなっていると考えます。
そして、この傾向は益々強くなるでしょう。

しかしながら、それだけに、宗教が介在する生活面、特にその精神面では、世の中、現代の世の中は、論理的に始末できれば苦労はしないですよね。出来ないから宗教があるのに。ではその宗教を何に求めるかです。
私は上記の拙論からこれから来る社会の対して、日本人には仏教だと訴えているのです。一見の見えるキリスト教では無いと訴えています。

多分、これは、上記の現象から来る、”論理的に判りやすくあって欲しい”とする人間の願望でしょう。
裏を返せば、願望とすると、世の中は精神面では最近、数理的、合理的、論理的ではなく成っているいと云う事ではないでしょうか。無いから願望するのですよね。
この点で、逆に、キリスト教は排除され、キリスト教圏の中でも、他教、特に仏教が見直されている傾向があるわけですね。そして、この定理が、世界から、紛争地から警戒されている原因の一つだと思います。

仏教の「拘るな」は反意として、精神面では”数理的、合理的、論理的であるな”としている事に成ります。
数理的、合理的、論理的は、”考えるとこうである筈だ”とする人間の判りやすい思考(願望)ですね。ところが、そうでないからな悩むのだと思いますがね。悩んで救いを宗教に頼るのでしょう。
それが、一度ではなく茶飯事だから宗教に頼るのでしょう。
では、宗教は何で存在するのですかね。

つまり、これは人間の「拘り」の典型的な思考ですよね。
「拘り」があるから悩むのではないでしょうか。そして、宗教を頼るのでは。その宗教が数理的、合理的、論理的では、変ですよね。

この理解の方法は、多分にして、民族の持ち得ている遺伝子の違いでしょう。
ネアンデルタールとピネカントロプスの違いでしょうか。

私は何れにも帰依していませんが、年をとるに従い、このキリスト教説法には?です。

それと、理解は年数では有りません。むしろ、短くして如何に要点を突くかにあり、長くはそのとりこに取られて自分を見失う事に成りがちです。何事もそうではありませんか。これは人間のもつ性(ごう、さが)でしょう。我々凡人は。

そもそも、宗教とは良し悪しは別として元々洗脳的行為の目的をもっています。長くすればこのペースにはまるのも人間です。

私の4年は研究の4年です。青木氏の研究をテーマに、そのサブテーマの「先祖」を知るには民族に関する事を知ることにあり、その民族を知るにはその基盤と成っている宗教を調べる事にあると結論付けての事でした。
そして、仏教と他民族の代表キリスト教との対比研究課題としたのでした。
宗教の布教手段としての洗脳から逃れる為に警戒をし、又、頼ろうとする者に対する落ち込みやすい数理的、合理的、論理的な教義に疑義をもつ事として(理解が容易であるが故に)、避ける為に、そして、この「捉われ」を避ける為にも信仰という手段をとりませんでした。その後も英会話習得という名目で長い間付き合いは行いました。

そこで、次ぎに、”キリスト教の布教には植民地政策と連動していた。”と言うところで、”日本も第2次大戦をしたではないか”のご意見でした。

これに付いて、次に異論を提示します。
日本の第2次大戦は仏教国に攻め入ったのですから、宗教を前提とした戦いではありませんでした。念のために。勝てば官軍と言いますが、この世の大儀的な慣習ですが、この言葉には疑問です。

両方が悪いのです。又は両方にも大儀があるのです。

戦いに入る前の状況を無視すれば、それこそ、仏説の「悪も善のときがあり、善も悪のときがある」ですね。
例えば、猛烈な言葉の暴力を浴びせた。相手は殴った。どちらも方法は違えど暴力では有りませんか。何もなしに急に殴るは狂気の沙汰でこれは犯罪です。別の話ですね。
殴った方を悪いとする現在の一方的な慣習には疑問です。悪いのは両方であり、因果関係からすると暴力的暴言を先に吐いた方に6の悪、行動の暴力は4悪位に感じるのですかね。先に言葉の暴力を吐かなければ、行動の暴力は無い筈です。

もし、この理屈を通せば、第2次大戦は、4の悪となると思うのです。
”何もなしに急に殴るは狂気の沙汰”でしたでしょう。
その経緯は狂気の沙汰ではなかったのです。

「勝てば官軍」で、非難の材料にするは疑問です。
キリスト教では、数理的、合理的、論理的では「勝てば官軍」が成り立つのでしょうが。
アメリカ軍が日本を統治したときにも、このはっきりとした東京裁判という態度をとりましたよね。戦い前のアメリカの態度を批判せずに。

何故なのかです。それは、彼らのキリスト教でもある様に合理思考だからです。
確かに、私の研究中ではこの議論が大きかったのです。
彼らは、「自分達の正しさ」を絶対に譲ることはありませんでした。それは宗教思考と同じくその合理思考から、この「猛烈な言葉の暴力を浴びせた。相手は殴った」の「戦い前の状況・経緯」(植民地政策の両国のアジアでの衝突)を無視と排除したのです。
日本が経済力を上げてきた結果、植民地政策の両国のアジアでの衝突が起こり、その大作として米国をはじめとした国々は日本の成長を押さえるために経済封鎖してきたのです。そして、負けたのです。そして、その後20年後くらいで矢張り再び第2位に成り盛り返しましたよね。

この”「盛り返した」”という「行為と行動」はどのような意味を持つのでしょうか。「善と悪」として。

私は、その「成長」は「善」であったと確信しているのです。
世界の中にアジアの日本民族の優秀さを世界に、特に白色人の国に対して示したことは彼らの優越感を砕いたことでもあり、それが無かったらもっと横暴な植民地戦略をアジアで採り続けたことが間違いなく予想できます。

ところが、そして、彼らは「勝てば官軍」の大儀を全面に押し出したのです。現実に、現在でも、彼らは認めていませんよね。
日本人には「喧嘩両成敗」には理解出来るこのことも。永久にないと思いますが、「価値観」とは異なる「思考原理の違い」です。

例えば、丁度良い例として、技術者とし勤めている時の事で、製品にクレームが出ます。相手に伝えます。そうすると、交渉の彼らの答えは決まって、”それはその程度の製品を貴方は金額を払って買ったのだから、貴方に責任がある”として認めません。
”ここは日本である。それは貴方の国で言え””貴方の製品は日本に売ったのだ。自分の国に売ったのではない””共通の理論で言え””共通の理論とは技術理論である”と反論。

万国共通の技術理論を持つ技術者から見て明らかに設計ミスであるがこの発言です。
設計ミスはその言い分外であると議論するが、一体彼らの責任はどのようなときにあるのか判らなくなってしまう合理主義です。
日本ではこの理屈を述べると「袋たたき」です。これ程に彼らの思考の裏づけとなる宗教に於いても違うのです。外国製エレベータの時も最初の言い分はこの理屈でしたね。

彼らのこの言下には上記の優越感が今だ潜んでいるのである。万国共通の技術でもこれである。まして、宗教では言うまでも無く、押して知るべしである。つまり、上記の矛盾を潜みながらも今だキリスト教には続いていると言うことである。
さすが、現状では、本場のアメリカでGMに打ち勝ったトヨタの実績が、上記の反論と、大きく言えば、第2次大戦の」盛り返しの意味」の答えが出ていると思うのです。

この様な思考の違いを取り除く為にも、そして、肝心なことは、その戦い(宗教)をどの様に捉えれば良いかは「俗説通説」を排除して偏りをなくすべきと心得ます。

何れも、良し悪しの問題ではなく、違いが有るとしても、自分が良しとすれば、先ずは、それでよいと思います。自己責任の範囲として。

大事な事として、思考を偏らせない人としての差を、今に求めないのであれば、今の自分にあったものを、自分のものとして、会得する事だと思います。

今に求めるのであれば、数理的、合理的、論理的過ぎる思考に注意して、「拘り」をより少なくして「人としての差」を縮じめるべきです。

これを⑧番目の設問としますので、了解ください。

まだ、論文⑨⑩と続きますので、又、ご意見をお寄せください。
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先祖と宗教(キリストの教え 6ー7 主題5)

5「仏教とキリスト経の妥協の余地」

設問①-⑩は主題4に関わりますが、⑥からは主題5にも関わります。

では、キリスト教の設問として、⑤番の続き、⑥の問題の説明に入ります。
設問
① 他宗を少なくとも先ずは強く排他している事。
② 教えがかなり強引である事。
③ キリスト個人を神扱いにしている事。
④ 兎に角にも、”先ずは信じよ”である事。
⑤ 人は全て悪の子供であると否定する事。

5「仏教とキリスト経の妥協の余地」
⑥ 中間的考え(柔軟性)は無い事。
⑦ 全体が闘争的な発想に成っている事。
⑧ 特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。
⑨ 先祖に対する考えは全体として希薄である事。
⑩ 「民族的」と言う考えを認めていない事。

5「仏教とキリスト経の妥協の余地」を検証するため、設問(⑥-⑩)に入ります。

第⑥番目の事です。(中間的考え(柔軟性)は無い事)
①から⑤までの設問に対する考えが、共通することで大半を説明していますが、「柔軟性」はキリスト教には少ないと考えます。
むしろ、本来、(日本のように融合民族であるが)、融合していない他民族の集合体の自由の国であれば、その考え方に幅を持たせて、柔軟に教義が出来ていると考えられるのが普通であると思うのですが。
しかし、ヨーロッパも日本と違い周囲に他民族が多く存在しますので、当然に、民族の重複部分地域は、キリスト教の教義についてはこの柔軟性はあると考えられます。
しかし、矢張り「信じよ」ですから、この教義からはこの柔軟性は考えられません。これは言葉の性質からも来るのでしょうが、仏教は、般若心経の教義一つを観ても代表的な言葉として、(何度も書きますが、)「色不異空、空不異色」「色即是空、空即是色」を始めとして、「不生不滅、不垢不浄、不増不減、是故空中無色」等は、”この語意は一体何を意味するのだろうか”と思える位に、柔軟であります。

仏教は以前、その「反意や深意や真意や裏意」が大きく働く教義であると書きましたが、上記の語意は、判断の経験を大きく左右するものである事は、多くを調べていると理解出来ると思います。
ここに書いている”「色」とは、「空」とは、何ぞや”から理解する必要があります。(前説に記述)
この理解で全体の解釈も充分に異なるであろうと思います。それでよいとしています。

仏教では、”その人その人の受け取り方はそれはそれで良いのだ”という。宗教関連者では、職業柄、定説的なもを主張しますが、一般の者の理解としては、”その人が、経験もしないのに、その人も立場や環境もあろうことなのに、そのことを解いても、それは「悟り」(理解)とは言わないのである。そして、経験を通じてその理解が深まれば、それはそれなりの「悟り」(理解)と言うのだし、それは「真の悟り」へとに近ずく”としています。

「三つの法意」
上記の事を意味する仏教の教えの一つとして、次の様な仏教言葉があります。
①「人を以って法を説け」という言葉があります。
②「説法は三相を得よ」(人、時、場処)と説きます。
更に、次のその言葉として、代表的なものがあります。
③説法の効は「縁無き衆生動し難し」という言葉があります。
この3つの言葉を組合わすと上記の理解事を物語る言葉となります。
況や、その真意、深意は、この意味が柔軟性を物語る先ずひとつであります。

この「三つの法意」(3つの言葉①②③)がその「柔軟性」を物語るものです。

①は”人は夫々立場、性格、職業、男女、家柄、生立ちなどでその理解は異なる。説法だからと言って仏教の教義をそのものをずばりを以って伝えても意味がない。その立場などに応じて噛み砕いて伝えよ”としているのです。

②は”①が成し得たとしても、人、時、場処にあわして説法をしなくては法意は伝わらない。伝え得るには①と②の術を身につけるべし。何事もそうである”としているのです。

③は”①と②を経たとしても、理解できない者はある。全て者を理解させようとするはその心根は「拘り」である。理解できない者はそれはそれで縁無き常の者として動かし難いものとして扱いを別にするべし”としているのです。

この仏教の「3つの法意」は一言で言えば、”柔軟に対処せよ”としている事に成ります。

つまり、”それはその人の今の[悟り](理解)である。””「悟り」は、この様で、この如くでなくては成らないと限定するものではない。人の世では、次第にその「悟り」が増せば良い”としています。

これに較べて、キリスト教の「悪の子」は「悪」と最初から決め付けていることからも、「柔軟性」が無いと見えます。

ただし、私が言うこの「柔軟性の有無」が教義の「良悪」の事を説明しているのではありません。
それはそれで彼らが納得するのであれば関知するところでないと考えます。
当然に、国民性や常識は違うのだから、「良悪」の問題ではありません。差違や適応性の問題です。
ただ、キリスト教は、その語意は、(「悟り」理解が難しい」が、)経験が共にするので「判断は容易」であると思います。
しかし、逆には、「反意や深意や真意や裏意」があるので、、(「悟り」理解が易しい」が、)「判断は難」の仏教だと思います。
故に、キリスト教は個人の悟りに差が余りに無く(個人受け取り方)これが一つの特徴であり、中間的考え(柔軟性)は無い事に成ります。仏教は様々と成ります。第一、キリスト教には「悟り」という概念が乏しいのではと考えます。

次は⑦番の事に続きます。


5「仏教とキリスト経の妥協の余地」
設問①-⑩は主題4に関わりますが、⑥からは主題5にも関わります。

では、キリスト教の設問として、⑥番の続き、⑦の問題の説明に入ります。
設問
① 他宗を少なくとも先ずは強く排他している事。
② 教えがかなり強引である事。
③ キリスト個人を神扱いにしている事。
④ 兎に角にも、”先ずは信じよ”である事。
⑤ 人は全て悪の子供であると否定する事。

5「仏教とキリスト経の妥協の余地」
⑥ 中間的考え(柔軟性)は無い事。
⑦ 全体が闘争的な発想に成っている事。
⑧ 特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。
⑨ 先祖に対する考えは全体として希薄である事。
⑩ 「民族的」と言う考えを認めていない事



⑦番目の事です。(全体が闘争的な発想に成っている事)
この設問を説くには、仏教と対比しながら、教義より現代のキリスト教の行動を検証する事の方が明確に成ると考えます。

キリスト教の様に、他教の聖域に入り、積極的に布教をすると言う事は仏教には少ないと考えます。
むしろ、インド(ブッタガヤ)から中国を経由して日本に伝教してくるまでの東中国(後漢)過程には、多くの弾圧があった事は史実であります。キリスト教には、初期の宗派誕生期にはあったとしても、伝導過程では余り聞かない事であります。
そして、日本仏教の最初の伝導は、司馬氏の始祖(馬の鞍等の武具を製作する鞍作部の技能職人である)司馬達等が日本に帰化してきた時に、私伝として広げたのが最初(535-550年頃)であるとしています。その中国後漢(618年)が滅びて、阿多倍に率いられた17県民200万(帰化人)に依って爆発的に広がったとされています。

(参考 阿多倍:後漢光武帝から末帝21代の献帝の子石秋王の子供阿智使王と孫阿多倍の二人が引き連れた200万の中国の民が九州へ上陸し全土を平定し、関西手前までの32/66国で征圧し帰化する。)

これが次第に周囲の中国(後漢)の渡来人の部技能職人以外に、彼らから技能を教わって恩恵を大きく受けている日本人にも自然の形で瞬く間に爆発的に(国32/66の範囲)伝わったものであります。
書籍的には、552年(538)百済から経典が入ったとされています。585年の物部氏と蘇我氏との戦いだけで伝導は決定します。594年の三法の詔に始まります。(後に神道と融合する)

この日本仏教の伝播の勢いは、この技能集団の部制度の影響が最も大きいとされます。
又、民族の融合もスムースに進んだ原因は、仏教がただ伝わったと言うだけでは無く、技能集団の彼らがもたらした仏教の影響が大きかったのではと考えています。
現在、世界の民族の融合を観察するに、中東では民族戦争が多く起こっていて絶え間なく1000年経ったいまでも融合は余り進んでいないのが現状であります。
まして、日本は7つの民族が全て分離することなく、それも300年程度(史料的には阿多倍の孫娘を母に持つ桓武天皇期以降には出て来なく成る。この原因の詳細は研究室の阿多倍関係のレポートで参照)で一つになるには何か特別な要素がなければ出来るものではないと思います。
その短期間の要素とは、「天神文化」の「神道との融合」と、この「技能集団と仏教」の結びつきがもたらした結果であると考えています。
つまり、そして、その伝播の経緯は、「神道的仏教伝播」と「民族融合」が相互に関連して平行して進んだと観ています。
日本仏教、特に奈良期から鎌倉期までの「顕密仏教」では、この背景があったことを念頭に留意して比較評価して観るべきだと考えます。
これは「顕蜜仏教」と「新鎌倉仏教」とに日本仏教の違いを区分けされている一つの要因でもあります。
その仏教の姿や役割がこの境の時期を以って異なっている所以であろう事ははっきりしています。
民族と仏教の2つの融合過程はこの域を境に一度に変化した時でもある事が言えます。
これらの事が欠けての評価は判断に間違いを起すとも考えます。

そこで、先ず、上記の事を留意して、キリスト教では、この様な仏教の自然に近い伝来と言うよりは、歴史的には植民地侵略をベースとして政治的施策を施して爆発的に伝播して行ったものであり、これは近代に於いての基本伝導の姿であろうと考えます。
この時、伝導や教義はその植民地の民族的背景を配慮してのものでは無かったであろうし(価値観の配慮と伝統の無視)、
むしろ、それを行うと、世界各地に異なる教義のキリスト教が出来てしまう事になります。
この事は、その民族間のキリスト教の争いともなり、キリスト教の存亡にも成りかねないことを意味するであろうと考えます。
故に、主題4の所で記述したキリスト教の教義の矛盾がある事を論理的に充分に知りえながら、価値観の配慮と伝統の無視して、一つの教義を押し通す事を実行したのであろう事が覗えます。これが強引で闘争的であるとする所以であります。

日本の仏教は主題4で記述した様に、「天神文化」と言う「神道と仏教との融合」と言う手段と「民族融合」も備わって伝導を成し得たのです。自然に近い伝導と認められます。

仏教もキリスト教も同じ政治性を含む伝導ではあったが、仏教は「融合」と言う形でその対立を避けたのであるから、キリスト教とはその体質は異なります。
又、仏教伝来のほぼ直ぐ後に儒教が伝導しているが、この儒教も何処にその教義の考えがあるのか判らない程に同化し融合しています。
しかし、儒教は大きく伝播せずに単独の形でのものは無ったのであります。
儒教は江戸時代にその社会情勢から突然に学問として世に出されたが、直ぐに江戸幕府の禁令で更に突然に消えました。
しかし、社会慣習の中には、儒教の慣習や作法や思考姿等の生活の慣習の中などに気づかずに多く遺されています。
例えば、葬儀のときは儒教では「正座や豪泣」、仏教では「胡座、不泣と宴」の様に遺されているのです。つまり、これも小さい「融合」であります。

融合でもそのレベルがありますが、「融合」の面白さですが、参考に、僧侶がいる仏前の前では、皆さんは正座するのでは有りませんか。あれは儒教の作法ですね。本来は胡座です。食事の作法でも細かいところでは沢山ありますよ。一度、見渡してください。一番はっきりするのは韓国との作法の違いを見るとよく判ります。
日本に於いての宗教はそれ程に無意識下の一般化した融合なのです。
同じ宗教でも、キリスト教には、伝道した地のところにこれ程の「融合」が認められるでしょうか。
この「融合」が本節の「(全体が闘争的な発想に成っている事)」キーワードと思うのです。
「(全体が闘争的な発想に成っている事)」があるが故に「自然の形の融合」は起こらないのです。

さて、キリスト教の比較に戻して、現在に於いても、世界各地で紛争が起こっています。
その紛争を「武力とキリスト教」で「世界平和」を大儀にして解決しようとしている様に見えます。
キリスト教の彼らにしてみれば、この二つの事で扮装は収まると真剣に思っているであろうと思いますが、しかし、そう簡単ではありません。ここに、「民族」(価値観の配慮と伝統の無視)という遺伝子に絡む大問題を無視している「強引さ」が彼らキリスト教にはあります。
各民族には、その特異な妥協し得ない「事情や環境」がある事は否めません。当然に、必然的に、その特異性からそこには心の悩みを解決する為に独特の宗教が存在する筈であります。

キリスト教側では、その教義で民の安寧を計ろうとするでしょうが、結果は火を見るより明らかであります。
”宗教戦争”に変化して行き、中東の様に国と民を巻き込んでのイスラム教とキリスト教との益々の争いと発展して行く事は必定です。
イスラエル、イラン、イラク、アフガン、インドネシア、フィリピンの様に国をあげての宗教戦争に成っている事が証明しています。この全て裏にはキリスト教の浸透策が潜在しています。
先日の韓国のアフガン拉致問題は⑦の設問のその象徴的出来事です。

弱り目に祟り目でありますが、日本も例外では無く、大戦の敗戦後は、この危険性はあったのです。
しかし、神道仏教の融合教義の完成度が高い事により、明治初期の「廃仏毀釈」だけで、戦後の内乱は避けられたのであります。
確かに、我々から観ると、イスラム教にも強引とも攻撃的とも思われる「聖戦」や考え難い「宗教作法」などもあります。
しかし、キリスト教やイスラム教などにしても、それはその国の民が良し悪しに関わらず「良し」とするのであれば、それはそれで良い事であります。
「悪い」とするも、当然に、何処に於いてもその「攻撃的強引さ」は「宗教の代理戦」の形として現われて来る事になるでしょう。
この問題には、その特異な妥協し得ない「事情や環境」がある事は否めないし、解決出来ないからであります。
国民の一致団結(融合)を成し得なければ、その民の選択と決断に関わる事に成ります。

この様に、宗教だけを見るのではなく、政治の裏には必ず、現実には、この様な体質を持つキリスト教の動きが存在しているのです。(そもそも、”信じよ”には反意として攻撃的の語意を持ちます)

仮に、キリスト教の伝播と浸透のそれを成し得るには、日本の仏教と民族の融合過程のように、先ずは少なくとも「キリスト教と仏教の融合過程」が必要であります。
この論理で言うと、この論理の証拠に、宗教界では、現在そのような教義を前提とする宗教団体(生長の家)があり、徐々に日本の国に浸透しています。

この宗教教義の姿や前提が「伝播過程」の通るべき道(融合)として正しいのではないかと推理しています。
しかし、私はキリスト教にとっては「無理」と考えています。
この手法ではローマ法庁のようなキリスト教の全体の形は採れずに、本体はいつかキリスト教の一括統治が働かなくなり出来ずに崩れることを意味します。従って現実には無理なのです。

「無理」という事は伝導先では、依然として「紛争」が伴なうという事に成ります。

必然的に「紛争」が伴なう「宗教」と何を意味するのでしょうか。疑問が残ります。

しかし、この様に比較対照すると、私には、体質的に出来ることならば、避けたい「キリスト教義」とその「否融合の手法」と観ますが、少なくとも積極的にはなりません。これは「拘り]なのでしょうか。皆さんは如何ですか。
では、そうであるのか無いのかを次に検証を進めます。

次は⑧に続きます。
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